これは一週間ほど前から企てていた計画だ。
本当は、『何でも手に入れられる魔法の紙』を支給されてから事を起こそうと思っていた。
でも案の定、期日を守られることはなかった。
これだけ必死に働いているのに、渡されるそれは満たされるほどの分などない。それでもその紙がないと生きていけないから、すがりつく。
でもわかったんだ。
それは『金』という、なんとも価値ありげな名のついた、ただの『紙切れ』だ。火をつければ、一瞬で灰になる。
生きるためにお金が必要というのが常ならば、死んでしまえばいい。
死ねばもう欲すことは無い。
欲望のために身を削ることもない。
心が死んでしまえば、肉体(からだ)のために生きる理由なんてなかった。
敢えて思い出す必要もないだろう。何度も作り直した資料の山。理不尽に怒鳴られたこと。終わらない仕事。貰えない残業代。眠れない日々の事など。
だって私は幸せになる。
私を脅かす上司たちのいない世界へ逝く。
これほど楽しみなことはあるだろうか。考えるだけで狂った時計のように踊り出したくなる。

ワンルームの部屋の端に、いつしか一人暮らしをするため中古で買った廃れたパイプハンガーがあった。
むき出しになった服の中から、二・三着手に取り、鏡の前に立つ。
まるでデートに出掛ける可愛らしい女の子のように、鼻歌を歌いながら、鏡に映る自分に代わる代わる服を着せた。
「やっぱり溺死するなら重い服の方がいいよね〜」
私は私に話しかける。同じ動きをする彼女は、うんうんと共感してくれているように見えた。それくらい、嬉々とした表情だった。
でも、重い服なんて持っていない。悩んだ挙句、かつてお気に入りだった赤いワンピースを選んだ。
別に、この服を着て死ぬつもりじゃない。私を途中まで見送る知り合いを決めたに過ぎなかった。
次いで、アクセサリーボックスをひっくり返す。
学生の時はそこそこ埋まっていた中身も、既にほとんどが『紙切れ』に変わっていた。
唯一、売りさばくことがなかったのは、両親の形見である結婚指輪だった。
銀色の輝きを放つ二つのリングは、大きさが異なっていて、人間が身に付けていたという生々しさを感じさせる。
「うーん。チェーンも買いに行かないとな〜」
呟いた言葉に返事はない。狭い部屋が、机が、服が、壁が、私の声をただ吸収する。
床に落ちていた紐を指輪に通し、首に下げた。
肌に触れる冷たい感触は、まるで誰かに舌で舐められたようで、気持ちの悪い不快感が背筋を通過する。
その不快感が、ある種の快感に変わったのか、私は音を殺した世界で不気味に微笑んでいた。