しきりに感心する大吉に、柘植は(ほが)らかに笑って、その理由を口にする。
「盲目ゆえに人より覚えが良いのかもしれませんね。常に記憶に頼って生活していますので」
柘植は生まれつき両目の視力がないそうだ。
小柄で細身の体をして、手先が物凄く器用な人である。
野菜や果物の飾り切りは見事で、コック長よりも上手だ。
料理の火加減や焼き具合を目で確かめることができないため、業務範囲は調理補助に留まっているが、仕事のできる人である。
親切で面倒見が良く、色々と教えてくれる柘植を、大吉は好ましく思っていた。
大吉が六個のじゃがいもの皮をむく間に、柘植はコンソメスープ作りに必要なセロリ、人参、玉葱、ニンニクなどの全ての野菜の下拵えを終え、寸胴鍋に入れていた。
コンソメスープは他に、牛の脛肉や鶏の骨、数種類の香草やスパイスと塩を入れて六時間ほど煮込んで作る。
今日作った分は、明日の料理の出汁として使ったり、客にそのまま汁物として出したりもしている。
浪漫亭のコンソメスープは黄金色に透き通り、初めて味見をさせてもらった大吉は、その奥深い旨味にしばらく放心したほどだ。
浪漫亭ではコンソメスープと呼んでいるが、“牛羹汁”と書いて“ソップ”という名でメニューに載せているレストランもあると、以前、左門が教えてくれた。
ちなみにコンソメは、フランス語で“完成された”という意味であるらしい。
煮込みは他のコックに任せ、柘植はじゃがいもの皮むきを手伝ってくれる。
その速さたるや、目を見張るものがある。
「そういえば柘植さんは、浪漫亭は三年目だと言ってましたよね。その前の仕事もコックだったんですか?」
熟練の手捌きを見ればきっとそうだろうと思いつつ、大吉は問いかけた。
すると柘植が瞼を閉じた顔を大吉に向け、首を傾げる。
「大吉君の勤務初日に、その話はしましたよ」