さらには入院中であった母親も、東京の大病院に転院させ、文子の家族が犯罪者の身内だと知られずに暮らしていけるよう、左門が全てを手配していた。
文子が恨みではなく、左門に深く感謝しているのも納得である。
(こんな後始末をしていたなんて……。左門さんは、なんで教えてくれないんだ。冷たい人だと、非難の目で見てしまったじゃないか)
手紙の末尾は、『犯罪者の私にだって好みはあります。二度と手紙を寄越さないでください』と辛辣(しんらつ)な言葉で締めくくられていた。
読み終えた大吉と幸治は唸り声を漏らし、清はうなだれてため息をつく。
「左門さんに比べたら、僕は虫けらの如き小さな男だ。こんな僕に励まされても嬉しいわけないよな。文子さんの出所を待たない方がいいようだ……」
落ち込む清の肩を幸治が揺さぶり、なんとか元気づけようとする。
「勉強になったと思えばいい。ちょっとばかり難しい女に恋をしてしまっただけで、清は頼り甲斐のある男だよ。だいたい左門さんと比べる方が間違えているだろう。大金持ちの伊達男で、情け深いときたら、誰も太刀(たち)打ちできないさ」
大吉は黙って手紙に視線を落としていた。
ふと、気づいたことがあったからだ。
(文字が丸くにじんでいるところがある。これはもしや、涙の跡か……)
最後の一文の中程に、ポタリと水滴が落ちて、インクがにじんだ箇所がある。
にじみ方から推測するに、乾いた後ではなく、書いている最中に涙をこぼしてしまったのではないだろうか。
ということは、清を拒絶する言葉を書いたのが、泣くほどつらかったということなのか。
(文子さんの本心は……)
大吉は、左門が文子達を、浪漫亭に招待した日のことを思い返していた。
用事があると言って、カスタプリンを残して帰ろうとした文子を、清が慌てて引き止め、告白した。