右に振り向けば、格子柄の背広を美しく着こなす左門が、優雅な足取りで近づいてくる。
帽子を被り、革の手提げ鞄を手にしているので、早朝から出かけるようだ。
「どこへ行くんですか?」
「港へ荷積みの視察に行く。倉庫の管理責任者に直接指示したいこともある」
左門の口の両端は上向きで、機嫌が良さそうだ。
それは自分が思い描いた通りに、事業を展開することができたからだろう。
新聞各社は左門を正義の味方のように書いていたが、女怪盗を捕らえた理由は私欲である。
函館一の実業家である播磨と約束した通り、左門は港の使用権を分けてもらうことができ、海運業を始めることができた。
連日忙しそうにしているが、どことなく嬉しそうである。
文子や清のことを少しも心配してくれず、大吉は薄情に思っていた。
(自分の事業さえうまくいけば、誰が傷つこうが、どうでもいいんだな。左門さんは、海のように冷たい人だ……)
大吉が冷たい目で見ても、左門は全く気に留める様子はない。
「勝手口の鍵も閉めたから、タライや洗濯板は庭に置いておけ」
そう言い置いて踵を返し、道路の方へ歩き去った。
すぐに自動車のエンジン音が聞こえ、それも遠去かる。
不満たっぷりに頬を膨らませた大吉は、洗濯板に力を込めて衣類を擦りつけるのであった。

洗濯を済ませ、朝飯を掻き込んだら、学校へと急ぐ。
朝礼の鐘が鳴る二分前に校門を潜ったので、自分が最後かと思った大吉だが、教室に入ると隣の席の清がまだ来ていなかった。
(寝坊か……?)
清は体が丈夫で、風邪知らずの男だ。
文子の出所を待つと宣言をしてからは、落ち込むことなく過ごしていたようにも思う。
そのため、寝坊による遅刻だろうと判断し、さほど気にすることなく午前の授業を受けたのだが、昼休みに入っても清は登校して来ない。
机を向かい合わせにして幸治と弁当を広げながら、大吉はチラチラとドアを気にしていた。