「被害者は可哀想ではないというのか。失ったのは金品よりも信用の方が深刻だ。女の色仕掛けにはまるということは、秘密が守れぬ男だと見なされ、取引に支障が出るかもしれない。家族関係も悪化し、肩身の狭い思いをしていることだろう」
「それは、気の毒には思いますけど、でも……」
騙された方が悪いとは言わないが、それでも大吉は、文子が監獄行きになる方がずっと哀れに思えてならない。
清の顔も頭にちらついている。
(文子さんが女怪盗だと知ったら、激しく傷つくだろうな。僕が牡丹さんに寄せていた好意とは違い、清は結婚まで真剣に考えていたのだから)
口に出していないのに、大吉の考えは左門に見透かされたようだ。
やれやれと言いたげに首を振った左門が、目にかかる前髪を指先で払って言う。
「真に友人のためを思うなら、一時の悲嘆は覚悟して真実を教えるべきだろう」
「やっぱり教えなければいけないのでしょうか。言うのが怖いな……」
「くだらない」
一笑に付した左門は、役目の終わった大吉に部屋に戻るように言い、穂積には文子を連れて屋敷内に入るよう指示をした。
警察に電話で連絡するつもりなのだろう。
夏の夜風が涼やかに吹いて、大吉の汗を乾かしてくれた。
広い芝生の庭にポツンと佇む大吉は、連れられていく文子の後ろ姿を見送りながら心を痛める。
(張り切って協力したのに、まさかこんな結果になるなんて……)
女怪盗の正体を、左門が最初から言わなかったのは、大吉が協力を躊躇(ちゅうちょ)すると思ってのことだろうか。
大吉もまた、左門の策にはまったひとりであったようだ。

九月も数日が過ぎて、朝晩に吹く風は秋の冷たさになる。
大吉の一日は、今朝も左門の洗濯から始まった。
タライの前にしゃがんで、洗濯板にワイシャツやふんどしを擦りつけて洗っていたが、ふと泡にまみれた手を止めて芝生の庭を眺める。