「どうして盗みを……。女給の稼ぎだけじゃ生活できなかったんですか?」
大吉が悲しげに問いかけても、牡丹は苦い顔をするだけで答えない。
代わりに説明するのは左門だ。
「多くを望まなければ生活できたかもしれないが、牡丹は貧乏暮らしをしたくはなかった。いや、させたくなかったのだよ。弟妹に」
大吉に明かりを持たせた左門は、胸ポケットからハンカチーフを取り出し、牡丹の顔を拭こうとした。
「嫌っ」と顔を背けた牡丹だが、顎を掴まれ、化粧をすっかり落とされてしまう。
「ええっ!?」
大吉が仰天した理由は、その顔が文子になったからだ。
勝気さは消え、やや下がり目で大人しい印象に様変わりした。
(それじゃ、僕と清はライバルになってしまう……)
つい、恋愛面での心配をしてしまったが、そのような場合でないこともわかっている。
「牡丹さんは、文子さん……どうなっているんですか」
「そのままだ。女怪盗の正体は、早川文子。歳は十八。二十二歳の牡丹という女給も、変装であったというだけだ」
文子について、左門が淡々と語る。
父親を亡くし、母親が入院することになった半年ほど前に、文子は縫製の仕事を始めた。
それまでは母親がやっていた仕事であり、時々手伝っていたため、知り合いの仕立て屋から仕事を回してもらえたそうだ。
大吉は勘違いしていたが、文子の腕前が特別優秀だということはない。
本格的に始めたばかりでは、米を買えるほどの稼ぎにもならず、夜は女給として働くことにした。
女給で得られるチップの方が、縫製の仕事よりも楽に多くの稼ぎを得られる。
これでなんとか家族を養っていけると思われたが、華やかな社交場で働けば、おのずと欲深くなるものだ。
他の女給達のように、高価で洒落たものを身につけたい。
綺麗になればその分、客からの指名も増え、さらに懐が温まる。