傷ついている大吉を見て、左門が薄く笑う。
「初来店ですでに有名とは大したものだ」
からかわれたことに、大吉が()ねた顔をしたら、「待たせてしまったかな」と後ろに声がした。
振り向けば、焦げ茶色の背広姿の、五十代前半と思しき男が入ってきた。
切れ長の一重の目をして、額にくっきりとした二本の皺を刻み、ハの字形の髭を生やしている。
左門より幾らか背丈が低いだけの、立派な体格の紳士である。
おそらく、この男が商談相手なのだろう。
そして男が肩を抱いて一緒に入ってきた女給は、牡丹であった。
大吉はパッと顔を輝かせ、牡丹に向けて手を振る。
大吉に視線を向けた牡丹は、驚いた顔をして口元に手を当てるが、その後にはにっこりと微笑んでくれた。
牡丹の花が咲いたように、華やかで価値ある笑顔は、今までどれだけの男達を魅了してきたことか。
大吉も鼻の下を伸ばして胸を高鳴らせる。
(気の強そうな大きな目と、ふっくらとした唇がたまらない。目尻の小さなほくろも魅惑的だ。巻いた洋髪や、細いのにふくよかな胸元。なんという色気だろう。ああ、牡丹さん……)
看板女給の牡丹に見惚れる大吉とは違い、左門は商談相手にしか興味がないようである。
女給達の腕を振りほどいて男に歩み寄ると、微笑して握手を求めた。
播磨(はりま)さん、お会いできて嬉しく思います。今夜はゆっくり語らいましょう」
(播磨? あっ……)
その名を聞いて、大吉は気づく。
播磨家は大吉の通う商業高等学校の、創始者一族である。
函館一の資産家で、海運業と電力業で莫大な富を築き、全国長者番付の上位に名が記されているそうだ。
港に建ち並んでいる赤レンガ倉庫も、播磨家の持ち物だ。
函館の天下を取ったも同然の大富豪と握手を交わしている左門に、大吉が感心していたら、「こっちに来なさい」と左門に呼ばれた。
急いで左門の横に並び、緊張しながら挨拶する。