* * *

 そして少し時間は進み、十月末。
 街ゆく人の服装もすっかり秋色に染まり、自動販売機にもあたたかい飲み物が増えた。朝晩は特に冷えるから、マフラーでしっかり防寒して出勤するようにしている。
 オレンジ色と紫色が目立つ大通りを抜け、いつものようにこころ食堂に向かう。

「おはようございます!」

 エプロンと三角巾を身に着けて店内に入ると、厨房から出て来た一心さんが迎えてくれた。

「おはよう、おむすび。なにかいいことでもあったのか?」
「え? どうしてですか?」
「機嫌が良さそうに見える」

 じっと見つめられたので、恥ずかしくて目を逸らす。いつも通りにしていたつもりなのに、そんなに顏に出ていたのだろうか。もともと洞察力がある人だけど、以前だったらこのくらいの変化、一心さんは気づかなかった。
 もしかして、従業員として私のことを、前より気にかけてくれるようになったから? これも、一心さんが変わったことのひとつなのかも。

「う~ん。これからあるかもしれません」

 そう答えると、長袖の板前服に衣替えした一心さんは怪訝な顔をしていた。

 昼営業は何事もなく過ぎ、休憩時間。まかないを食べ終わって休憩室で休んでいる私の耳に、子どもたちのおしゃべりする声が届く。
 
 やっぱり、来た来た。
 そう思って玄関に向かうと、子どもたちが

「トリックオアトリート!」

 と扉の前で元気よく叫んだ。

「何事だ?」

 厨房から飛んできた一心さんは、目を丸くしている。

「おばけの子どもたちです。玄関、開けますね」

 外には、ランドセルを背負ったままの、おそらく学校で作ったのであろう衣装を身に着けた、夏川先生のクラスの子どもたち。

「わあ、かわいい! 三角帽子と魔女のマント、自分たちで作ったの?」
「うん。図工の時間にね、厚紙と黒いビニール袋で工作したんだ」

 黒い三角帽にはオレンジのリボンを模した紙が巻き付けてあるし、ビニール製の長いマントは裾がギザギザだし、工作なのに本格的だ。

「今日は、なんの行事だ……?」

 眉間に皺を寄せながら必死で考えている一心さん。ああ、やっぱり知らなかったんだ。一心さんはほとんど街に出ないし、テレビもネットも見なそうだし。

「一心さん、今日はハロウィンですよ」
「おばけの格好をした子どもにお菓子をあげないといたずらされちゃうんだよ!」

 子どもたちの説明はいろいろ省かれている気がするけれど、一心さんにはこのくらいの認識でいいのかも。

「お菓子……? そう言われても、なにも……」

 戸惑いの表情を見せる一心さんに目配せして、私は子どもたちににっこり笑顔を向けた。