一心さんと連絡が取れなかった数年間、いちばんつらかったのはお母さんなんじゃないかと、私も気づいていた。

「だからね、お母さんにも今日『おまかせで』なにか作って欲しいのよ。私が食べたいもの、一心だったらわかるわよね」

 あっ、と口に出しそうになった私に一心さんも気づいたようで、目配せされた。あれは、もしかして……。

「母さん。実はそれは、もう用意してある」
「えっ……?」

 驚くお母さんの肩に手を添えて、一心さんは立ち上がった。

「少し待ってくれ。芋煮にうどんを入れたものを配ってくる。デザートはそのあとだな」
「あ、私も手伝います」

 からになったお椀とお箸を持って、私もあとを追う。

「デザートは、栗の渋皮煮じゃないのか?」

 背中にお父さんの疑問の声がかかったが、一心さんは足を止めることなくお鍋に向かっていく。その横顔は、今日見た一心さんの表情の中で一番、楽しそうだった。

 芋煮うどんバージョンが全員に行き渡ったあと、一心さんは中鍋に入っている渋皮煮を小皿に分け始めた。私はそれに楊枝を添え、食べ終わった人に配っていく。あたたかい緑茶も淹れられるよう準備をしてきたので、大人たちにはそちらも。
 一心さんのもとに戻ったときには、小さな鍋の中身はぐつぐつ煮えて、甘い香りが漂っていた。

「それ、お母さんのためのものだったんですね」

 デザートがふたつもあるなんて妙だなとは思ったのだが、それが伝統なのかなと思って詳しくは訊かなかった。

「ああ」
 
 私の問いに、一心さんはいたずらっぽく笑う。

「お母さん、きっとびっくりしますね」
「驚かせたかったわけじゃないんだが、向こうが『おまかせ』を注文したんだ。こういうのもいいだろ」