梨華には最後の質問は全く身に覚えがなかった。それも当たり前だ。梨華は寝ていたし、白瀬が勝手に触れただけだ。そこに梨華の意思はない。
けれど意思の有無は桃香には関係のないことだ。桃香は本気で怒っているようだ。周りの友達も梨華を冷たく見下すだけ。
遠くで本鈴が聞こえる。
桃香は大きくため息を吐き、梨華の胸倉を勢いよく掴んで、一言。
「ただじゃおかないよ?」
梨華をその場に残して笑いながら教室に戻っていった彼女たちは、もう梨華に微笑むことはないのだと悟った。
「……私だって、」
白瀬が好きなのに。
日本はこんなにも生きづらいの?友情のために恋愛を諦めなければならないの?彼を好きでいてはいけないの?
以前から桃香の好きな人を知っていたら、どうしていた?
梨華は考えて、やめた。
梨華が今考えたって答えが出る訳じゃない。無駄な問いだ。
それにまだ、きっと事態は始まったばかり。
桃香の宣戦布告が何を意味するのか梨華にはまだ分からなかったが、少なくとも円滑に進んでいた学校生活が変わってしまうことは容易く想像できた。
けれどそんなことで挫けるほど弱くはない。桃香に固執していたわけじゃない。悲しいけれど、桃香から離れることを選んだからといって全てに終止符が打たれるわけでもない。
考え方は個々で違うことはアメリカ育ちの梨華は十分に知っている。みんな違うことは当たり前だし、それを表に出しても誰に何を言われるわけでもなかった。
だから桃香を否定するつもりはさらさらない。その代わり、梨華も他に否定され従順になるつもりはさらさらない。
桃香とは合わなかっただけ。
そう、合わなかった「だけ」。
一限は既に始まっている。梨華は汚れたスカートを軽く叩き、仕方なく次の授業まで図書室で時間を潰した。
本なんて普段は読まないけれど、何かしていないと理性と感情を均衡に保てない気がした。


 △


桃香の宣戦布告を受けて以来、梨華の学校生活は想像以上に大きく変わってしまった。
「おはよう」
「あっ……お、おはよ」
クラスメートは挨拶を返してくれるが、桃香たちを気にしているのか気まずそうな顔を浮かべる。そして、なるべく梨華と目を合わせようとしない。
梨華が気にせず一人で席に着くと、わざとらしいヒソヒソ話が耳に障る。