あったかい。
梨華は日本に引っ越すと聞いた時、うまくやっていけるか不安だった。海外歴が長く、寧ろ日本で過ごしたのはとうの昔で、周りに馴染めるのか心配だった。
けれど実際に日本に来て、みんなが不安を拭ってくれた。梨華を受け入れてくれた。
アメリカよりいいだなんて絶対思えない、とまで思っていたけれど、案外日本もいいかもしれない。
梨華が完全に眠りについて間もなく、急いで部活から戻ってきた白瀬が教室に飛び込んできた。
「おまたせ!」
勢いよく声をかけたものの、梨華は一度眠ると中々起きないようで全く気付かない。
白瀬は梨華が熟睡していることに気付き、微笑みながら梨華の席に近付く。
とりあえず梨華の前の席の椅子に逆向きに腰掛け、梨華を観察。梨華は起きない。
「くろきー」
小さな声で呼んでみるが、やはり梨華は起きない。
「……りかー」
思い切って下の名前で呼んでみる。いつも耳にかけている右側の髪が零れ落ちていて、何が拍車をかけたのか、白瀬はその髪にそっと触れてみた。
白瀬の骨ばった指先に、梨華の細い髪が絡む。
それがやけに恥ずかしく思えて、白瀬はぱっと手を離したところでようやく梨華が目を覚ました。
「……あ、れ。しろせ?」
微睡みの抜けない梨華が拙い言い方で白瀬の名前を呼ぶ。それが白瀬の心をかき乱すなんて、梨華は知らない。
ごめん寝てた、なんて梨華が普通に目を擦るものだから、白瀬は必死にそれ以上動揺するのも拍車をかけるのもやめた。
「なんだ、黒木がよだれ垂らしてるか見てやろーかと思ったのに。残念」
「垂らしてません!」
いつもの白瀬と梨華に戻った。梨華はともかく、白瀬はまだこの関係を壊して先に進む勇気が持てなかった。それをするにはまだ時間が足りなかった。
何事もなかったように二人は一緒に帰り、約束通り駅前のマックでハンバーガーをおごってもらい、家に帰った。
ジリジリと少しずつ迫る、駆け引きのようなその時間をきっかけに、梨華の生活が崩れていくとはこの時は夢にも思わなかった。