「……私は、黒木梨華を守ることが出来なかったんですね」
翠は知っていた。
あの日以来、梨華が学校へ行けなくなってしまったことを。白瀬とも会わなくなってしまったことを。桃香が重傷を負ってしまったことを。
だから、萌葱翠の開発者である西尾碧李が責任を負わなければならなくなってしまった。
当たり前だが、翠は名目上転校という形であの中学を去った。
毎日、碧李の今にも死にそうな顔を見ながらただ椅子に座っているだけ。
「崩壊を止めたかった人間が、崩壊しそうだ」
碧李はそう呟いた。
翠は何も言えず、ただ椅子に座っていた。
そうしてまた数週間が過ぎ、碧李は更に痩せ細ってしまった。見かねた灰田さんが研究室から碧李を引きずり出し、施設内を散歩させた。
元々、この研究所は取り扱っている問題が国際レベルで国家機密のため、家族のいない者ばかりが揃っていた。外に情報が漏れないように、徹底された人選で構成されていた。だからこんな時、研究所内しか頼れる人はいない。家族代わりはここの人間しかなれない。
翠は、たった一人の家族が碧李であると思っているので、そんな碧李が弱っていく姿を見るのは誰よりも悲しかった。
「碧李、あなた今日こそは何かちゃんとしたもの食べなさい。腰掛けて待ってて、すぐに何か用意するから」
灰田さんはそう言うと、碧李の好物を作り始めた。
翠はこの時、茶野さんに預けられていた。
台風が近付いている今、外は少しずつ雨風が強くなってきた。
ごう、ごう。
風が窓を叩く音が、荒れる景色が、碧李と重なって見えてしまう。嵐と一緒に碧李が連れ去られてしまうような気がしてしまう。
翠は、茶野さんの横でただ座っていた。
「スイちゃん、充電完了したよ。そろそろ碧李のところに戻ろうか」
「はい」
茶野さんに連れられ、碧李の研究室に向かう。
茶野さんは気を遣ってかとりとめもない話を永遠と語っていたが、翠はただ頷くことしかしなかった。翠は悩んでいた。
「……茶野さん」
「ん?スイちゃん、どうした?」
「私は、博士にとって……」
この先は続かなかった。続けられなかった。