「萌葱さん!」
それは翠の手だった。
冷え性なのか緊張からなのか、その手は冷たいと脊中でも分かる。けれど不思議と落ち着くのは何故だろう。
「私も見ています。安心して、行ってきてください」
上演のアラームが鳴る。翠の手にそっと力が加わり、その手で背中を押してくれた。
梨華は、確かな足取りで光の中へ溶け込んだ。
△
シンデレラは大受けだった。
定番のストーリーで、恋愛要素もお笑い要素もある。何より、梨華の婉然たる笑みに観客は惹きこまれる。ドレスに変身し、舞踏会に向かうシーンでは舞台袖のクラスメートも仕事を忘れて見入ってしまう程だった。
確かにこのドレスは梨華しかいない。梨華だから着れる。
梨華がシンデレラだったら、ガラスの靴を落とさなくたって、きっと魔法が解けた後でも王子様に見つけてもらえる。
「『この靴がぴったり合う女性は、ここにもいないのか……』」
白瀬の演技も中々だった。恥ずかしがることもなく、寧ろプリンスの台詞をものにしている。
王子様が残念そうにその屋敷を去ろうとするちょうどその時、
「『待ってください!』」
シンデレラが現れる。
そしてシンデレラの足にガラスの靴がぴったりとはまり、王子様は手を取り求婚する。
……というシナリオの筈だった。
台本では白瀬はそのまま手を取るだけだったが、そこで白瀬は跪いた。そのアドリブに、観客からだけでなくクラスメートからもわあっと声が上がった。
どうしたのか、これから何が起きるのか。その興奮の声の中、
「付き合ってください!」
白瀬ははっきりとした声でそう言ったのだ。
ん?付き合う?結婚ではなく?
梨華でさえ戸惑った。白瀬はそのまま言葉を続ける。
「僕はシンデレラに恋をしました。僕のプリンセスになってほしい。そして、俺もあなたに恋をしました。黒木梨華さん、俺と付き合ってください!」
一気に悲鳴が上がった。
梨華は舞台の上だということも忘れて呆然としてしまった。悲鳴の中、桃香が違う音色の悲鳴を上げたがその声は誰の耳にも届かない。
白瀬は、梨華がアメリカの男の子はダイレクトだと言っていたから、ダイレクトに告白しようと決めていたのだ。そして、公開告白を選んだのだ。
梨華は頭が真っ白になった。桃香のこともそうだし、大勢の前だ。断ることもし辛い。何より、本当は桃香のことを考えずに告白をすぐに受け入れたい。
一瞬で脳内に葛藤が生まれる。どうすればいい、今すぐ答えを出すにはどちらを選んだ方がいい。