梨華は色んなところで名前がよく挙がる。だからこそ、白瀬はここで決めたかった。
梨華はというと、相変わらずの美しさにクラスの女子を惚れ惚れさせていた。舞踏会に行くまでは質素な洋服なのでドレスは来ていないが、髪型は最初からまとめあげている。顔の小ささがより分かり、これは確かに同性をも虜にする容姿だと誰もが思った。
「……ふうん」
桃香は終始不服そうだった。ちやほやされる梨華を目にするのは面白くない。そんな梨華を白瀬が目で追っているのに気付いてしまったから、尚更面白くない。
けれど、本番中に梨華に嫌がらせをすることは不可能に近い。舞台の袖からはクラスメートが見ているし、目の前には沢山のお客さんの目がある。リスクが高すぎるし、白瀬本人にバレて嫌われたら本末転倒である。
「はあ、本番まであと少しだよ。大丈夫かな……」
「何で黄木くんが震え上がるの!し、しっかりしなさいよ!」
「紫垣も汗の量半端ないぞ!」
舞台袖ではクラスメートの大半がウロウロしたり深呼吸を繰り返したりしている。ただ、主役の二人は落ち着いていた。
梨華は物怖じしない性格だから、いくら主役であっても緊張であがってしまうことはない。白瀬も、普段から輪の中心にいて常に目立っているのであまり気にしていない(どちらかと言えば告白のことを考えて落ち着かないだろう)。
「台詞が飛んじゃっても大丈夫。自分の思った通りに動いて。一人で舞台に立っているんじゃないから。大丈夫だよ」
紫垣さんはキャストの輪の真ん中に立って、皆に声をかける。
体育館のざわめきは舞台袖にも届いている。思った以上に観客が集まっている。
そして、ここまでやってきた過程に意味がある。例えお客さんが少なくても台詞が飛んでしまっても、このクラスでここまでやってきたのだから、大丈夫だと。
「それでも困ったら舞台袖の私を見て。カンペ用意しておくから」
上演一分前のアナウンスがかかる。
みんなそれぞれの持ち場に移動する。シンデレラは冒頭から出番だ。
袖で静かに待機していると、誰かが背中に手を当てた。