梨華は面食らった。いくらこの前のトイレ事件を目撃されたとはいえ、翠は鈍い上に空気が読めないようだったので、現状まで把握しているとは思えなかった。小道具が壊れる可能性まで考え、こうして人気のあまりないところを選んで話を持ち出すあたり、相当ばれている。
「梨華さんの持ち物を見ていると、長年愛用していると思われるものが多いです。そんな方が小道具を乱暴に扱うとは思えません」
「よく私のことを見てくれているんだね」
「……劇を円滑に進め成功に導くためにも、『何らかの障害』が起きた時は私がカバーします。裏方なのですから、頼ってください」
「……ありがとう」
梨華は戸惑ってはいたものの、翠がそこまで言ってくれることに嬉しさを感じていた。正直、今は誰かに優しくされることに弱い。手を差し伸べてくれる人がいたら、それが白瀬でなければ、手をとりたくなってしまう。
梨華が大人びて見えても、ただの中学生だ。一人じゃどうしようもないことだって沢山ある。
文化祭が終わればきっと少しは状況も和らぐだろう。そう信じて、今だけ翠に少し甘えてしまおう。甘えてしまうようなことが起きなければ、勿論いいのだが。
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それから文化祭当日を迎えるまではあっという間だった。
演技の通しも相変わらず桃香の嫌がらせがあったが、継母とシンデレラのシーンはそんなに多くない。嫌がらせよりも、白瀬との共演シーンになると途端に目の色を変える桃香の方がしんどかった。
幸い、小道具が壊れるほどの嫌がらせは受けなかった。
演技中は紫垣さんの目もあったし、演技を一目見ようと裏方班も見学していたのもあった。
「白瀬、今日一段と気合入ってるな!」
「おー赤堀」
「そりゃ、プリンスだもんな」
「……それだけじゃない」
「ん?」
「お前だから、お前だけに言うけど。無事終わったら、黒木に告白する」
「えっお前まじかよ!好きなのはバレバレだったけど……まじかあ、告白するのか!頑張れよ、プリンス!」
白瀬は決意していた。
あの日の朝は気まずくなってしまったが、演技の練習や委員会の仕事もあり、結局いつも通りに接している。けれど梨華はガードが中々固い。それならばいっそ告白するしかないと白瀬は思ったのだ。