「昨日、何かあった?誰にも言わずに帰っちゃったでしょ」
「あ……ちょっと急用があって」
「……ねえ、黒木。やっぱり何かあった?」
「だから、何にもないって」
「前もそう言ったけど、明らかに変だよ。痩せたでしょ?顔色も悪いし、何かあったのなら話聞くよ」
「……何にもないんだって!」
つい、語尾が荒くなってしまったのは梨華も分かった。
白瀬の顔は見れなかった。絶対に吃驚して、少し悲しい顔をしているのは分かっていたから。
だって、白瀬に何を話す?桃香にいじめられてますって?心配してくれるのなら助けてくださいって?
冗談じゃない。白瀬には絶対に何も助けてもらえないし、言うなら白瀬が介入して来たら絶対に事は悪化する。けれど誰かに助けて欲しいのも本音だ。桃香からの敵意を全て跳ね除けてしまう力で、誰かに守って欲しい。それが白瀬だったらどんなに幸せか。
梨華は無性に泣きたくなった。どうすればいいの。
「おはようございます」
空気が最悪な状態の中、まさかの翠が二人の間に加わってきた。
「え……ああ、萌葱さんだっけ?おはよう」
「白瀬くん、おはようございます。……梨華さん、おはようございます」
「……おはよう」
「白瀬くん。すみませんが劇のことで梨華さんとお話がしたいので、梨華さんお借りします」
「え、ああ、どうぞ」
「ありがとうございます」
翠は梨華の腕を引き、比較的人通りの少ない中庭に向かった。
正直、梨華は翠が空気の読めない子で良かったと今は思った。あの空気のまま二人きりだったら、どうしたらいいのか分からなかった。少々、空気が読めなさすぎるが……。
中庭に着くと、翠は梨華と向かい合った。
「小道具の件ですが。シンデレラ役は身に付けるものも使うものも多いので、もしも小道具が壊れたらいつでも私に言ってください」
「ありがとう。でも、なるべく壊さないように使うね」
「……いえ、梨華さんは物持ちの良い人ですから、そのあたりは心配していません」
「え、どういうこと?」
「『誰かによって』小道具が壊れた時は、遠慮なく私に知らせてください。対応します」
嗚呼、萌葱さんにさえ気付かれていたのか。