「王子って、前半は殆ど出番がないんだな」
「その代わり後半は見せ場が沢山あるから頑張ってよね、4組のプリンス」
紫垣さんは丸めた台本で白瀬を軽く叩いた。
最近は、クラス内で白瀬は「4組のプリンス」と呼ばれていた。白瀬本人は揶揄されていると思っているが、悔しいことに誰もプリンスを否定しないのだ。
それだけクラス内のカーストでは上位ということであるし、白瀬が原因で女子間でトラブルが起こることも不思議ではない。
「スタート!」
紫垣さんのコールでお芝居は始まる。
継母がシンデレラを呼び出し、こっぴどくいびる。梨華にとってうんざりすることこの上ないシーンである。
白瀬が裏方班の手伝いに駆り出されたことをいいことに、桃香の演技は演技ではなくなっていた。
「『シンデレラ、いい?お前をここまで育ててやったのは私よ?もっと身を粉にして働きなさい!』」
「『はい、お義母さま』」
「『まったく……さっさと洗濯を終わらせて頂戴!』」
ここで、本来なら継母に手でシッシとされるだけなのだが、桃香は周りからあまり見えないように梨華の上履きを強く踏みつけ、軽く体を押した。
梨華はぐらつくが、足を踏まれているのでよろけることも出来ずに、バランスを崩して前のめりに倒れてしまった。
慌てて紫垣さんのカットがかかるが、
「ごめんごめん、梨華チャン。軽くアドリブいれたつもりだったんだけど、そんなに強かったかなあ?」
桃香はけろっと言ってのけた。
梨華は思わずきっと睨むが、寧ろ桃香はゾクゾクと快感を得ているようにも見えた。
「……はあ」
梨華は諦めたのか、桃香の態度に気にすることなく、ただ踏まれたところをさすり、立ち位置に戻った。
次のシーンは義姉たちがシンデレラをいびるシーンだ。
桃香は満足げに教室の端で眺めている。物語の継母よりも、恐ろしい女になっていた。
桃香のとりまき達が義姉役なので、梨華はまた何かされることは想定していた。ただ、ここでまた流れを止めてしまったら、いくら梨華のせいでなくても申し訳なくなる。堪えようと、身構えてのスタートとなった。