けれど、実際どうなのかは分からない。白瀬くんが黒木さんに気があるのは見ればわかるが、黒木さんは白瀬くんに特別な感情を抱いているようなそぶりはあまり見せない。寧ろ、桃香ちゃんの目を伺って白瀬くんとは距離を置いているようにも見える。
紫垣さんの無言をどう受け取ったのか、萌葱翠はそれ以上掘り下げてこなかった。また静かに、二人並んで帰った。


碧李はその日、機嫌がとても良かった。
翠が紫垣さんと別れた後一人で施設に戻ると、碧李は部屋から顔を出して翠を呼び止めた。
「翠、おかえり」
「ただいま帰りました」
「今日はこれが自分でもうまくいったと思うんだ。だから、翠の話も今聞きたい」
碧李は手元の資料をひらひらと揺らす。
自分で決めた課題や目標がある程度成功すると、やはり気持ちいい。パソコンに向かって日夜研究に励んでいる成果が出てきている。普段は夕食を取りながら翠の話を聞くが、今日はとても気分がいい。
そんな碧李の様子を見て、翠も何だか嬉しそうだった。いつもはそっと目を瞑るだけだが、今日は口角があがっている。
碧李が翠を大切にしているように、翠もきっと碧李が大切なのだ。
翠にとって家族は碧李だけなのだから。
「……今、嬉しいですか」
翠はそっと呟く。
「とても。実現不可能なものを可能にすることで何かを守れるのなら、僕はそのために頑張れる」
「守る……」
「僕の研究で誰かを笑顔にできるのなら、僕のしていることはきっと無駄じゃない。そう信じているんだ」
碧李は翠の手をとる。翠の手は冷たかった。
けれど碧李の言葉に微笑む翠を見れば、碧李はとても温かい気持ちになれた。


 △


「それじゃ、さっきのシーンもう一度通してみよう!」
テストも無事終わり、文化祭に向けての準備が本格的に始まった。
裏方の人はセットや小道具作り、キャストの人は空き教室を借りての通し練習。紫垣さんが台本を片手に、あれこれと指示を出す。
まだ練習段階なので、格好はキャストも裏方も関係なく全身ジャージだ。その方が動きやすいし汚れても大丈夫だ。