勿論、一番台詞の多い役はシンデレラだ。梨華は状況を考えれば乗り気になれるはずがなかったが、折角主役に選んでもらったのだから、みんなの希望や期待を無下には出来ない。記憶力だけは自信があるので、台本を貰ってからひたすら読みこんだ。
一方桃香は、継母役でいかに梨華の邪魔をするか考えていた。ただ、白瀬にバレない範囲に留めなければならない。
白瀬と梨華がプリンスとプリンセスだなんて、勿論未だに納得できない。けれど、気に入らないのはそれだけじゃない。一度は梨華が孤立していったのに、役が決まってからクラスメートが桃香の目をあまり気にすることなく梨華と仲良くしているのが、頗る気に入らなかった。
継母役として梨華をこっそり攻撃しようなんて、いじましい考えだ。
翠は、あれからというと梨華とは話していない。様子を伺っているようにも見えるが、翠は梨華だけでなく誰とも言葉を交わしていないのだ。
窓の外を眺めてほうけていたり、小さな本を読んでいたり、時折何か思い出したようにノートに文字を書き留めたり。翠の不思議さ故、クラスメートも進んで距離を詰めようとはしなかった。
桃香は多少、翠を警戒しているように思えたが。
「黒木!」
「……あ、白瀬」
「この紙って、いつまでに本部に出せばいいんだっけ?」
「テスト最終日かな。この前、実行委員長がそう言っていたと思う」
「最終日かー、テストから解放された嬉しさで忘れそうだなあ」
白瀬は相変わらず梨華を気に入り、何かと理由をつけて梨華に話しかけている。それを桃香はじっとりと見ているのだから、梨華は気が気でない。
実際、小さな嫌がらせはずっと続いていた。
プリントを梨華の分だけ回してもらえなかったり、すれ違いざまにぶつかられたり、あからさまに大きな声で悪口を言われたり。されていることは小さくても、体を傷つけられるようなことはなくても、それらは確実に梨華の心を蝕んでいる。
テストが明ければ、本格的に文化祭の準備が始まる。
各々の思いがどこへ向くのか、どう交差するのか。
それを見据えているのは誰なのか。


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テスト期間は下校時間が早い。テストは午前中で終わるので、昼前には家に帰ることが出来る。
平日の昼時分はいつの季節も心地良い。夜よりも静かで、朝よりも暖かい。
紫垣さんはテスト期間でも頭の中は台本のことでいっぱいだった。帰り道、一人で台本のディテールを脳内に思い描く。