「今日の夕飯は久しぶりに和食よ。スイちゃん、手伝ってくれるかしら?」
「分かりました、お手伝いします」
灰田さんに言われ、制服から着替える。
手伝いと言っても料理をするのではない、配膳だ。施設内には食堂もあるのだが、わざわざ食堂まで来て食事をとる人は多くない。灰田さんが、各々の指定の時間に部屋まで食事を運ぶというのが殆どだ。
碧李もあまり食堂に顔を出さない。それでも時間に余裕がある時は食堂に顔を出し、灰田さんを労いながら食事をとっている。
碧李は元々社交的な方だったらしい。
この施設に来る前は友人も多く、アクティブな性格だったんだよ、と翠はこっそり茶野さんから聞いたことがある。この施設に来てからは、しきたりによって性格までも変わってしまったようだ。
それでも施設内では交友関係を大切にしていて、茶野さんや灰田さんとはとても仲が良い。
「碧李!ご飯持ってきたわよー」
「失礼します」
灰田さんと一緒に碧李の部屋に夕食を運ぶ。
今日は和食ということで、ほうれん草の胡麻和え、麩の味噌汁、さわらの西京焼きだ。
「お、西京焼き!好きなんだよねー」
「碧李は本当に魚好きよね」
「まあね。おっ翠、配膳出来るようになったのか」
「はい、これくらいは嗜んでおこうかと。灰田さんのお手伝いにもなりますし」
今日の碧李はいつもより少しだけ機嫌がいいように見えた。
灰田さんは翠を残して部屋を立ち去り、翠と碧李は二人きりになった。碧李は扉を閉め、窓に鍵をかけ、カーテンまでも閉める。誰かと話をする時、碧李は必ずこうして外部を完全遮断する。例え小さな話であってもだ。
碧李はさわらに箸を伸ばしながら、翠の様子を伺った。
「翠、いつもの椅子に座って。学校の話を聞かせて」
「はい」
翠は言われるとおりに指定の椅子に腰掛け、静かに目を瞑る。
今日一日の記憶を呼応し、整理する。時系列に並べる。
翠はこうして、毎日毎日、碧李の部屋で記憶を吐くのだ。
△
文化祭まであと一ヶ月。
途中でテストを挟むので、実質準備にそれほど時間は取れない。けれど拙速は避けたいので、各々にバランスよく準備を割り振る必要がある。
台本は紫垣さんが演劇部にあったものをアレンジしてくれたので、出来上がるのに時間はかからなかった。テスト前には台本は配られ、各々少しずつ覚えていくことになった。