黒木梨華は鄙びた学校に恐ろしいほど馴染まなかった。
田舎と言う程何もないわけではないが、都会と言うには無理がある。「町」という表現が一番しっくりくるこの土地には大きなデパートや若者で賑わう繁華街等の類はなく、駅前に古びたデパートとスーパー、それから昔ながらの商店街があるだけで後は目立った特徴もないところである。
けれど電車に乗れば小一時間で大都市に出られるという、思いの外アクセスの良い町なので、人の数は変わらずだ。若者もそこまで都心に流れ出ない。
そんな町の中央に位置する開校100周年を迎える鄙びた中学校に、アメリカから転校生がやってくるというのだ。瞬く間に知らせは広がり、朝からどこもかしこも転校生の話題で持ち切りだった。
「聞いた?アメリカから転校生がくるらしいよ」
「勿論!てことは、アメリカ人ってこと?日本語喋れるの?」
「ううん、帰国子女だって桃香は聞いたよ」
アメリカからやってきた、帰国子女、英語がペラペラ、女の子、金髪、日本語は得意じゃない、美人、元々はここに住んでいた、碧眼。
噂の信憑性は定かではないが、中学生にはそんなことは関係ない。いかに早く興味深い情報を手にするかがよっぽど重要なのだ。各々が耳にした情報を共有し、みんなの中で「アメリカからやってきた転校生」を勝手に作り上げる。
彼らにとって絶好のチャンスだった。毎日が平穏でありふれたものだと物足りない、刺激になるのなら何でもよい。そんな彼らが新たな毎日を手に入れるためには充分すぎる出来事だった。
チャイムが鳴り、みんなは席に着いてもいつも以上にさざめく。先生が転校生を教室に連れてくるまで、作り上げた転校生像を存分に語り合う。
「今日は転校生を紹介する」
そう先生が告げるのを待ってましたと言わんばかりにクラスメートは急に口を閉じる。友達と目を合わせ、そわそわと浮足立つような空気をあからさまに出す。扉から現れる「時の人」を、早く登場しろと急かすように。
先生が教室の扉を開け、転校生を手招きした刹那、時が一度止まった。気がした。
転校生が教室に足を踏み入れた瞬間が、ようやく世界が変わる一瞬である。
先生に連れられて入ってきたのは、
「……」
金髪でも碧眼でもない、けれど確かに「アメリカからやってきた転校生」だった。