・【二つのアマチャヅル】


 僕は今日、大きな水筒を持って学校へ行った。
 そして教室で紗英と会って、二,三言葉を交わして二人で調理室へ行った。
 水筒を持って。
 その姿を見た紗英は調理室に入ってから、こう言った。
「何だ誠一、朝からノド渇いているのか?」
「ううん、これはアマチャヅルのお茶が入っているんだ」
「アマチャヅルのお茶? アマチャヅルってお茶になるのか!」
 そう言って驚いてくれた紗英。
 そうそう。
「アマチャヅルは名前の通り、甘いお茶になるんだ。ちなみにこのお茶は僕が家で作っていたお茶なんだ。お茶にするには葉っぱを乾燥させないといけないからね」
「じゃあそのお茶で完成かよ! 調理室来た意味無い!」
「いやいや、これから料理を作るよ。天つゆのお茶割りというモノがあるんだけども、それで天つゆを作って今日はスベリヒユの麺とアマチャヅルの天ぷらを作るんだ」
「そう言えば、誠一、何だかんだでスベリヒユも収穫していたなぁ」
 また鍋に水を入れて、火をかけた。
「スベリヒユは少し長めに茹でて、天つゆに味が馴染みやすいようにして、天ぷらはまあ油の準備だけして、ノエルちゃんが来た時に一気に揚げる感じかな」
「すごい豪華だなぁ、そうだ、アマチャヅルのお茶、少し飲んでいいか?」
「うん、いいよ」
 僕はコップにアマチャヅルのお茶を入れて、紗英に渡すと、紗英はそれをゴクゴク飲んで、こう言った。
「うん! なかなか甘さを感じるなぁ! ちょっとした苦みがまたスッキリしていい感じだ!」
「良かったぁ、アマチャヅルって個体差があって、甘いヤツとあまり甘くないヤツがあって、甘いヤツで良かったぁ」
「そっちのほうがノエルは好きそうだよな!」
 そう言って笑った紗英。
 やっぱり笑っている紗英はいいなぁ、と、ふと思った僕。
 ……いや、何をふと思っているんだろう。
 いやでも、そう考えてしまうし……とか、いろんな言葉が脳内に浮かんでは消えしていると、紗英が急に
「誠一はさ、ノエルのこと好き?」
 と真面目なトーンで聞いてきた。
 僕は一瞬ドキッとしてから、バッと紗英のほうを見ると、紗英はすごく不安そうな顔をしながらこっちを見ていた。
 だから僕は真面目に答えた。
「普通の友達といった感じかな、最初は嫌な感じもあったけども、今は本当に普通」
 これで合っていたかどうか何か考えてしまう。
 いや自分の答えに合っているも合っていないもないんだけども。
 それに対して紗英は、一安心したような顔をして、
「お湯! 沸いたよ!」
 と言った。
 僕は無言でスベリヒユを茹でて、また天ぷらの下準備だけして、油の入った鍋に蓋をして教室に戻った。
 そして二限目と三限目の長めの休みになり、僕と紗英とノエルちゃんで調理師に入った。
 僕はすぐさま油の入った鍋を熱して、またアマチャヅルのお茶と天つゆを割って、スベリヒユを皿に盛り付け始めた。
 そんな時にノエルちゃんはハッキリと、突然、こう言った。
「アタシは誠一のことが好き!」
 あまりの突然のことに、僕は一体どんな顔をしていたのだろうか。
 でも紗英の顔は分かる。
 紗英の顔を見ていたから。
 紗英は震えだして、みるみる青ざめていった。
 ノエルちゃんは続ける。
「アタシのために毎日料理を作ってくれて、すごく嬉しい! これからもお願いします! いやっ! これから一生よろしくお願いします!」
 紗英は口から泡を吐きそうなほど、ぶるぶると小刻みに震えていた。
「アタシ! このままじゃ負けると思ってハッキリ言う! 全部言う! だから聞いてほしいのっ!」
 ノエルちゃんはツインテールを激しく揺らしながら、大声で叫んだ。
 負けるって何が、とか思う暇も無く、ノエルちゃんはまくしたてる。
「アタシが転校してきた理由ってアタシが前の学校に馴染めなくてなのっ! この見た目で除け者にされて! 多分嫉妬だったと思う! うん! でも! この学校は皆、アタシのことを全然気にしていなくて!」
 それはきっと皆、紗英の男っぽい感じに慣れていて、今さらワガママや見た目程度じゃ誰も気にしなかったということだと思う。
「でもきっとちょっとでも嫌なこと、たとえばイジワルなこと言ったらすぐボロが出ると思って、紗英のことイジっていたけども、ただそのことについて言い合いになるだけで、アタシのことを芯から除け者にするようなことはなくて!」
 そう言うと紗英が、今まで震えていたのが嘘のようにキッパリこう言った。
「そりゃそうだろ、除け者とか面倒なことできないから」
「ありがとう! アタシね! 結構紗英のこと好きなんだよ! 実際! だから紗英の幸せを願ったほうがいいのかもと思ったけども! やっぱりアタシはワガママだから言う! 誠一のことが好き!」
 僕はちょっと訳分からなくなりながら、
「幸せを願うとか、そもそもさっきの負けるとか、何言ってるの? ノエルちゃん……」
 と言うと、ノエルちゃんはスゥと息を吸ってから大きな声でこう言った。
「鈍感! というか分かっているでしょ! 難しいことから逃げているだけ! 紗英もアタシも誠一のこと好きなんだから!」
 難しいことから逃げている。
 いやこんな料理を作るだなんて難しいことをしているのに、逃げているなんて言われるとは。
 言われるだろうな。
 だって、もう、さすがに、全部分かっているから。
 紗英が震えていた理由さえも分かるから。
 ノエルちゃんがもっと大きな声で言う。
「きっと誠一は紗英を選ぶの! でもいいの! この想いを伝えずにグダグダしているのは嫌なのっ! アタシはもう逃げないの! 前は転校という形で嫌なことから逃げてきたけども、これだけは逃げない! ハッキリ言う! 誠一が好きぃっ!」
 そうだ、だから、僕も、逃げずに言わなきゃ。
「……僕は、僕は……紗英が好き、かもしれない。いや分からないけども。でも僕も、紗英と、ずっと一緒にいたいんだ……」
 そう言うと、紗英は一言呟いた。
「好き」
 僕もだ。
 鍋に入った揚げ油がパチパチと音を立て始めた。
 そろそろ、アマチャヅルの葉を揚げないと。
 そろそろ、ちゃんとした言葉をあげないと。
「紗英、僕は紗英と一緒にずっといたい。好きだよ、紗英」
 そう言って僕はアマチャヅルの葉を揚げ始めた。
 アマチャヅルに衣の華が咲いて。
「ありがとう、誠一! 俺も誠一のことが大好きだ!」
 紗英の面持ちが満開になった。
 と思った時に、僕は紗英しか見ていないことに気付いた。
 僕はゆっくりノエルちゃんのほうを見ると、ビシッとこっちを指差しながらこう言った。
「だからって諦めるアタシでもないから! アタシはワガママだから! 絶対手に入れるから!」
 何だかドキッとしてしまった。
 このまま調理できるのかとか考えていると、
「まずは……誠一の天ぷらを手に入れます! 料理よろしく!」
 と言ったノエルちゃん。
 そのマイペースぶりに、つい笑ってしまい、何だか周りの空気が和んだ。
 そして料理を完成させ、ノエルちゃんの前に差し出した。
「いただきます!」
 ノエルちゃんはスベリヒユをズルズルとすすり、さらに天ぷらをサクサク食べ始めた。
「おいしい! スベリヒユのぬめりでノド越しがとても良くて、天ぷらも歯ごたえバッチリで食感が違って面白い!」
 ノエルちゃんが食べている姿を見て、ふと、紗英は言った。
「じゃあ次は俺が誠一から料理を作ってもらうかな」
 その言葉に、先に反応したのが、ノエルちゃんだった。
「うん! それがいいと思う! 何故なら誠一の料理はおいしいから!」
 そう言って、屈託の無い笑顔を浮かべたノエルちゃん。
 そう言ってもらえることは、とても嬉しい。
 ノエルちゃんは続ける。
「じゃあ明日はアタシ食べないよ! 誠一は紗英のための料理作るといいよ!」
 そう言うと、紗英は
「敵に塩を送っていいの?」
 と何故か自信満々にそう言うと、
「いいよ! アタシはそこまで野暮じゃないし! 盛り返す作戦もあるからね!」
「じゃあいいんだけどな!」
 と何だか妙に仲良さげに話している紗英とノエルちゃん。
 でもこれって僕を取り合う話なんだよな、と思うと、急に体が熱くなってきた。
 あまり意識しないように、まずは揚げ油の片付けをして、別のことに集中することにした。
 あとはそうだ、紗英に何を作ろうか考えよう。
 まずはその人のことを思って、いや想って作る。
 それが全ての基本だから。
 紗英のことを想って、想って、その先に、また新しい何かが見つかればいいな。

(了)