「なんでお弁当ににんじん入れたの?」

グレーの上下揃いのスエットからチラリ覗く脇腹をポリポリと掻きながら兄はとぼけるように大きなあくびをした。

「言ったよね?にんじんは嫌いだから入れないでって!!」

「言ったっけ?」

「言いました。確かに言いました。なんなら毎日入れないでって言ってるから」

入れないでと何度もお願いしたにも関わらず、兄は性懲りもなく手を変え品を変え、にんじんをお弁当に入れてくる。それが三日も続けば、故意だと誰だって気がつく。

「何でにんじんが嫌なんだよ。栄養価もあって、安くて、汎用性も高い。優秀な野菜だぞ、にんじんさんは」

兄は謝るどころか、開き直ってにんじんの有用性を懇々と説き始めたのである。

「あの独特の甘みが嫌なの!!」

嫌いという感情に理屈もへったくれもない。嫌いなものは嫌いだ。

「あのなあ、食べ物の好き嫌いは直した方が良いと思うぞ」

「あ―…無理、絶対無理。お兄ちゃんが就職するくらい無理だから」

無職であることを引き合いに出すと兄の目の色が途端に変わり、強い口調で主張し始める。

「無職舐めんなよ。定職に就くより無職の方が大変なんだぞ。生半可な覚悟で無職ができるか!!」

「威張らないでよ……」

ベッドの上で胡坐を掻き堂々と無職の矜持を語るその姿に、兄としての威厳はいささかも感じられない。

妹の弁当を作る以外に特にすることがない兄は、日がな一日暇を持て余していた。

「卵焼きだって甘いのがいいのに。お兄ちゃん、全然聞いてくれないじゃん」

兄が作るお弁当に入っている卵焼きは出汁味だ。味は確かに美味しいが私の好みには合わない。

「はあ?甘いのなんておかずになんねーだろ?大体、今の女子高生は糖分を取りすぎなんだよ。お前達がガバガバ飲んでるタピオカミルクティーなんてほぼ砂糖みたいなもんだろ?」

「知らないよ。タピオカ飲んだことないし」

「おいおい。冗談だろ?あんだけ流行ってたら友達と一度くらい飲みに行ったことあるだろう?」

嘘はついていない。

本当に飲んだことがないので答えられないでいると、兄は何事か察したようで愕然としていた。

「……もしかして、友達いないのか?」

憐れみを込めた眼差しで見つめられると、うっとおしいを通り越して殺意が湧いてくる。