「お兄ちゃんいる!?」
私は学校から帰るなり通学バッグを居間の床に放り出すと、血眼になって兄を探して回った。
築三十年の小さな木造一軒家には隠れるところなどあるはずないのに、兄の姿はどこにもない。
(今日こそは一言言ってやらないと気が済まないんだから!!)
鼻息荒く家中を駆け回る私の姿を見るに見かねたのか、父が仕事部屋から廊下に出てきて、天井を指した。
「穂純なら、自分の部屋で寝てるよ」
絵本作家をしている父は小さく微笑み、眼鏡のレンズを着ていたシャツで拭くと再び仕事部屋である六畳の和室に戻っていった。
(まだ寝てるの!?)
父から兄の所在を聞いた私は絶句した。
時刻は既に夕方だ。三時のおやつどころか夕食の時間が迫ろうかという時間だ。
普通の勤め人がまだ仕事に精を出している時間帯に、惰眠を貪っているとは何事だろうと呆れてしまう。
私は怒り心頭になって階段を駆け上がり、兄の部屋のドアを激しくノックした。
「お兄ちゃんいるんでしょ!?起きなさい!!」
昼夜逆転生活は怠惰の極み。ダメ人間への登竜門だ。社会不適合者まっしぐらの兄の愚行を阻止すべく、私はノックの返事を待たずにドアを開けた。
プライバシーとか遠慮の心は一緒に暮らし始めて一週間でゴミ箱に投げ捨てた。この男に関しては、万が一プライバシーを主張されても鼻で笑ってやる。
部屋に足を踏み入れてまず閉め切ってあるカーテンを開け放つ。春先のこの時期は夕方とはいえ、まだ外は明るい。真っ暗な室内に太陽の光を呼び込むと、ベッドの上にあった布団の塊が呻いた。
「うわ……!!まぶしっ。なんだよ、もう!!」
こんもりと丸くなった布団の間から、お兄ちゃんの眠そうな顔がひょっこりと飛び出てくる。
「なんだよ……。千佳か……」
兄の頭には鳥の巣のような酷い寝ぐせがついていた。私が起こすまで本当に寝ていたようだ。