兄に一方的に喧嘩を売りつけた翌朝、一階に降りてきた私は開口一番で父に尋ねた。
「お兄ちゃんは?」
「二階で寝てるよ」
寝ていると聞いて安心する。昨日の今日で顔を合わせるのは、やはり気まずかった。
要らないと言ったにもかかわらず、台所のテーブルにはいつものように大きなハンカチに包まれたお弁当箱が律儀に置かれている。
父の作った朝食を食べる間、お弁当箱の存在がチクチクと私を責め立てる。
(やっぱり、言い過ぎたよな……)
今回の件は私にも非があったと思う。しかし、なけなしのプライドが謝罪の邪魔をする。
私は出がけにお弁当箱をチラリと一瞥すると、そのまま居間から玄関に向かい学校へと足を進めた。
お弁当を持って行かない代わりに、途中でコンビニに寄って鮭とおかかのおにぎり、シーザーサラダを買う。
無機質なコンビニのレジ袋が通学バックの中でうるさく鳴って、一層不快な気持ちにさせられる。
いつもは楽しみで仕方ないお昼休みが、この日は憂鬱だった。
(美味しくない……)
コンビニで買ったおにぎりを齧りながら、私はひとりため息をついた。
鮭もおかかも大好きなのに、今はまったく味がしない。糊を噛んでいるようなものだった。
コンビニでおにぎりを買うなんて久し振りだった。少なくとも、猪倉家で暮らし始めてからは買った記憶がない。
母と暮らしていた時は割と頻繁に食べていたはずなのに、猪倉家で暮らすうちに私の中で何かが変わってしまったのだろうか。
母は料理が下手だった。というか家事全般が苦手な人だった。
広告代理店で働くバリバリのキャリアウーマンは出張も多く、家にいないことの方が多かった。食事はケータリングか、家事代行サービスの人がまとめて作り置きしてくれたものを温めなおすだけ。もちろん、嫌いな野菜は取り除いて、自分の好きなものだけを食べていた。
ご飯を作ることだけが愛情とは思わない。
お母さんは私に何不自由ない生活をさせてくれていたし、仕事の合間にちょくちょくメッセージも送ってくれた。
愛情の掛け方が違うだけだと分かっているのに。
今では……兄の作るお弁当がこんなにも恋しい。