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「猪倉さん」

「え?」

机の中から教科書を引っ張り出し帰りの支度をしていたところ、いきなり机の周りを三人の女子に取り囲まれてしまう。

必要事項がない限りほとんどクラスの女子に話しかけられることがない私は、彼女達の顔を見て、更に首を傾げる。

私に話しかけてきたのはクラスの中でも派手な女の子のグループだ。

いつも睫毛はぎゅるんぎゅるんに上を向き、カラコン、アイプチのフルメイク。指先にキラキラと輝くネイルがいかにもギャルっぽい。

間違っても課題のプリントを集めにきたわけではなさそう。

「あの……なに……?」

人気がなくなってきたところで、中央に立っていたリーダー格のゆるふわロングヘアの女子が口を開いた。

「今日、杉野と一緒にお昼食べてたよね?」

「あ、うん。よく気がついたね」

図書館裏なんて用がない限り誰も来ないと思っていたが、まさか目撃者がいたとは。

「杉野と付き合ってるの?」

「……へ?」

付き合ってる?私と杉野くんが?予想外過ぎる問いかけに目が点になってしまう。

私は両手を胸の前で振り、慌てて彼女の言葉を否定した。

「いや!!杉野くんとは付き合うとかそういう関係じゃ……」

たかが一度お弁当を一緒に食べただけで話が飛躍しすぎではないか?
いや、思い返せば一緒にタピオカを飲みに行ったような気もするけど……。
とにかく!!付き合ってるなんてありえない。

「ほら、だから言ったじゃん」

「でも確かめないと……」

ゆるふわ女子の後ろに隠れていたショートボブの女子が手を口もとにあてて、コソコソと彼女に耳打ちをしていく。チラチラと私の顔とゆるふわ女子の顔を見比べては、視線を逸らす。

「あのね、この子。中学の時から杉野が好きなんだって」

そう言って今度はポニーテールの女子がボブ女子を指さす。ボブ女子は頬を赤らめると、短いスカートの裾をぎゅっと握りしめていた。

「だから猪倉さんも、杉野と話すときはちょこっと気をつけて欲しい」

言っている意味が分からず、しばしの間彼女たちをキョトンと見つめ返してしまう。

気をつけるって、一体何を?

この手のことに詳しくなくてすでに理解の範疇を超えているのだけれど、ひょっとして抜け駆けするなって言いたいのだろうか?

「えっと……杉野くんの周りにいる女子を排除したところで、彼があなたを好きになるとは限らないんじゃない?」

「っ……ひどい!!」

彼に直接アピールした方がよほど有益だということを伝えたかったのに、誤解を与えてしまう言い方をしてしまったのかもしれない。

恋心を全否定されたと思い込んだボブ女子が声を荒らげて、私に食って掛かってくる。

「私達のことを見下してるんでしょう!?お嬢様学校に通ってたか知らないけど、お高くとまって、人をバカにして!!」

バカになんてしていないという私の弁解は、ヒクヒクと嗚咽を漏らす彼女の耳には届かない。

「猪倉さんってやっぱりそういう人だったんだ」

ゆるふわとポニテの冷ややかな視線が槍のように突き刺さる。

私だってあなた達に尋ねたいよ。

お高くとまってる?誰の話、それ。“やっぱり”ってどういうこと?

「行こう」

ゆるふわがそう言うと、残りのふたりが付き従うようにして教室から出て行った。

誰もいなくなった教室でひとり夕焼け空を見上げていると、鼻の奥がツーンとしてくる。

……どうして私には兄のように誰とでも仲良くなれる才能がないのだろう。