「そっか、悪いこと聞いたな」
「いいよ。別に気にしてないから」
悪いことを聞かれたとは思わない。
母が死んだことは事実だし、隠すことでもない。大っぴらにされても困るが、常識人っぽい杉野くんなら不用意に誰かに話すことはしないだろう。
「十年ぶりに一緒に暮らし始めたにしては仲良いよな」
「そうかな?」
「普通、妹のために毎日弁当作ろうって思わない。自分の分だって面倒臭いのに」
事前にお伺いを立てずにお弁当を持っていったら弁当が二つになって迷惑だろうと思ったけれど、先ほど友人と一緒にいた杉野くんは手ぶらだった。
もともと売店で買うつもりだったのだろうか。
「美味いな、このサンドイッチ」
「仕事も探さずにお弁当を作る腕ばっかりあがっちゃってホントに困るよ」
「俺は良いと思うけどな、無職でも」
「無理無理。ありえない」
私はサンドイッチ片手に大きなため息をついた。
「お兄ちゃんってうちの高校の卒業生なんだけど、古参の先生と顔を合わせる度に聞かれるんだよね。“お兄さんは今何をしてるのかい?”って。家で毎朝私の弁当作ってますなんて言える?」
そう言って無職に理解のある杉野くんに詰め寄る。
「今でこそあんな残念な感じだけど、昔はすっごく優秀だったらしいのよ。先生方は皆お兄ちゃんがエリート街道に突き進んでるだろうって期待してるの。もう誤魔化すのが辛いよ……」
先生方に悪気がないのは分かっているけれど、誤魔化すのも限界がある。
“兄は海外留学に向けて勉強中なんです”って、ちょっと突かれたバレそうな方便もいつまで通じるかわからない。
留学の予定は今のところない。実現するはずのない目標に向けて、永遠に勉強中ということだ。
「苦労してんだな。猪倉も」
「あ、ごめんね。杉野くんに愚痴を言うつもりはなかったんだけど」
「美味いな、このサンドイッチ」
杉野くんは再びそう言うと、たまごサンドを口に運んだ。
普段はひとりきりだけど、兄の弁当の美味しさを共有できる人がいるってこんなにも嬉しいことなのだと知った。