(おっそいなあ……)
時計の針は順調に進み、七時から始まったドラマが終盤に差し掛かるころになっても、兄が帰って来る気配はない。メッセージを送ってもちっとも既読にならない。
歩いて五分のスーパーに行くのに迷子にでもなったのか。
それとも、最近流行りのラノベの主人公のように、無職で異世界に召喚でもされているのか。
その場合、アイスは私の胃袋に収まることなく、溶けてしまうことになる。ああ困った、困った。
「ただいま~」
待ちくたびれて干からびそうになったころ、ようやく玄関から兄の声がしてくる。アイスの到着を待ちくたびれた私は勢い勇んで声を張り上げた。
「お兄ちゃん、遅いよ!!アイス溶けてないでしょうね!?」
そう言って居間の襖から首だけ出して、玄関を覗いた私は目の前の光景に度肝を抜かれた。
「あ、お邪魔します……」
……それは、田舎の祖母の家で見た田園風景に似ていた。
収穫期の稲穂を思わせる金髪のツンツン頭。細身のTシャツにウエストが緩めのジーンズ。
今どき珍しいくらい目鼻立ちのくっきりした濃ゆい顔立ちの男の子が、両手に大量の食糧が入ったビニール袋をぶら下げて玄関に立っていたのだ。
「連れて来ちゃった」
おいおい。
アポなしで彼氏の家に遊びに来たゆるふわ系女子の真似なんかしないでくれよ。
テヘペロと舌を緩―く出してピースを額に張り付けてもちっとも可愛くない。
……頭がゆるふわ系か。
「えっと……。どちら様……?」
スーパーに買い物に行ったはずが、見知らぬ男の子を一緒に連れてくるなんてどういうことだ。やっぱり、異世界に召喚されていたのか?
「おいおい。どちら様なんて失礼だぞ。同じ高校に通ってる杉野くんに決まってるだろう?」
お兄ちゃんは戸惑う杉野くんのことはお構いなしに、彼の肩をポンポンと叩いた。
杉野くんと呼ばれた男の子は、兄と気まずそうに視線をやり取りすると、私に事の経緯を説明してくれた。
「実は万引き犯の汚名を着せられそうになったところを、この人に助けてもらって……」
「そう、俺ってば正義の味方っ」
兄は鼻高々になって、両腕をクロスして自分なりの正義の味方ポーズを決めた。
ああ、なるほど。助けたついでに荷物持ちまでさせたってことね。
万引き犯に間違われるだけでも災難なのに、兄みたいな変人に助けられるなんてラッキーなのか不幸なのか。
「なーにが正義の味方よ。社会の敵のくせにどの口が言うか」
「善良な市民を捕まえて、社会の敵とは失礼な!!」
「国民の三大義務は勤労、納税、教育だけど、お兄ちゃんは半分も満たせてないからね?」
「一個でも達成できてるなら上等だろ?」
「偉そうに言わない!!」
あー言えばこう言う。減らず口ばかりたたく暇があるなら働きななさい。
「じゃあ、俺帰るんで……」
私達の醜い言い争いを聞いていた杉野くんは、ビニール袋をそっと玄関に置くと、控えめにぺこりと頭を下げその場を立ち去ろうとする。
「ちょっと待った!!お茶くらい飲んでいけよ」
なぜか、兄は首根っこを掴んで彼を引き留めたのだった。