「うっし」

夕食を食べ終わった後、お兄ちゃんはやたらと気合を入れながら座布団から立ち上がった。

「明日の弁当の材料でも買いに行くかっ。千佳、一緒に行くか?」

「行かなーい」

テレビを見ていた私は、兄の誘いを丁重にお断りした。夕飯も食べて、お腹もいっぱい。家でダラダラしたいのに、わざわざ外に出かけたくない。今、見ている二時間ドラマの結末も気になるところだし。

「買い物なら昼間の内に行けば良いんじゃない?空いてるし」

「俺は閉店前のセール商品に命を懸けているんだよ!!あれは良いぞ!!普段は買えないものがお得に買える!!」

わざわざ夕方にスーパーに行って見切り品を買うくらいなら、働いて家にお金を入れるのが一番手っ取り早いのでは?

そう喉から出かかって寸でのところで食い止める。

「ふ~ん」

猪倉家の大黒柱は言わずもがな父だ。

絵本作家としては細々とした収入しかない父の肩に家族全員の命運がかかっている。

もちろん、私を引き取るにあたって母の遺産からいくらかの生活費を引き出しているだろうが、その大半は私が成人するまでは弁護士の管理下にある。

猪倉家のお財布事情は夕方のセール品を狙うしかない程に、芳しくないのだろうかと引き取ってもらった身としてはちょっと心配になってくる。

「あ、スーパー行くならアイス買ってきてよ」

物はついでとばかりに、スエットのポケットに財布を入れている兄にお願いする。

丁度、食後に甘くて冷たくて美味しい物が食べたいなって思ってたところだ。

「パシリにすんなよ」

「いいじゃん。最中にチョコとバニラアイスが挟んであるやつね」

チョコとバニラアイスなんて甘い物に甘い物を掛け合わせた組み合わせなのに、味がしつこくなくてぺろりと食べられるから不思議だ。

「そんなん食べてると、太るぞ」

「やかましい、無職のくせに」

太る太ると脅しているそちらの方こそ、一日中家にこもってばかりで太ったんじゃないのか。

風呂上りに洗面所の鏡の前でお腹の肉をチェックしていることを私は知ってるんだからね。

「あと、太るって言うのはセクハラだからね」

「無職を連呼するのはパワハラですー」

「うるさいなあ。早く行けば?」

スーパーが閉まる前に早く行けとシッシッと手で追い払うと、コマーシャルが終わったドラマの続きに集中していく。