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「うわあ……最悪……」
私は居間に入るなり、むせ返るようなお酒の匂いに思わず鼻をつまんだ。換気、換気と呟きながら、庭へと続く窓を開けて新鮮な空気を家の中に迎え入れる。
「おかえり、千佳。今日も早かったな」
「いや~千佳ちゃん、お邪魔してまーす」
「うーす。学校お疲れさんでーす」
酒を飲んでいる張本人たちは匂いに無頓着なのか、さして気にした様子もなく缶ビール片手に私に挨拶をしてくる。
ちゃぶ台の上には、緑色のマットが敷かれ、麻雀牌と点棒が乱雑に並んでいた。赤ら顔の男たちがひゃっひゃっひゃと不気味な笑い声を立てているのを、嫌悪感一杯の瞳で見つめる。
「無職が増えてる……」
昼間から酒と麻雀に興じる兄とその仲間たちの姿にひえっとおののく。
居間には兄の他に二人の男性がいた。兄の友達だ。もちろん、皆さん無職。累が友を呼ぶとはこういうことなのか。
三人寄れば文殊の知恵という言葉もあるけれど、この三人が集まったところでまともな知恵が生まれるとも思えない。
「帰ってきてくれてちょうど良かった!!人数足りなくってさ~」
あろうことか兄は私が麻雀を打つものだと思い込んでいた。混ざらないという当然の選択肢は頭からすっぽり抜けているようだ。
兄を無視してクルリと踵を返し、居間から立ち去ろうとしたその時、足元に転がっていた空き缶を蹴飛ばしてしまう。クルクルと転がった空き缶から点々と液体が垂れていき、畳にシミを作っていく。
(ああ、もう!!)
私は空き缶を拾うとゴミ袋に押し込んで、匂いがもれないように取っ手をぎゅうっと固く結び、台所から雑巾を持ってきて畳を拭いていく。
「ほら、千佳も早く座れよ」
兄はポンポンと座布団を叩いて、早く座るように促した。私が畳を拭いているのが目に入らないのか、このアホンダラ。
「麻雀なんてやりません!!無職の仲間になんて入りたくないし」
私は雑巾を握り締めながら、やつ当たり気味に言った。
「あのなあ、千佳。事あるごとに無職、無職と俺達に失礼だと思わないのか」
「は?」
普段はいくら無職とどやしつけても一切怒らない兄が低い声で威圧してくるものだから思わず身構える。兄は真面目くさった表情で、友人達の弁護を始めた。