冬休みに入ってすぐの頃、勤からカナメにこんなお誘いが掛かった。
『お前が好きなゲームの演奏会があるから、一緒に行かね?』
 演奏会ともなると席を取るのにいくら掛かるか解らないと言って、始めは渋っていたカナメだが、勤が言うにはカナメの誕生日も近いから誕生日プレゼントにとの事らしい。
それなら、あのゲームの曲はオーケストラで聴いてみたいしと言う事で、カナメは勤と一緒に演奏会に行く事になった。

 演奏会当日の夕方、冷たい風が吹くコンサートホール最寄りの駅で待ち合わせをしていた二人。
今回も勤の方が早く待ち合わせ場所で待っていた。
「勤、お待たせ」
「いや、俺も着いたばっかだよ。
じゃあ行こうか」
 普段ならラフな格好をしている二人だが、流石に演奏会ともなるといつも通りの服装では不味いと思ったらしく、二人とも学校の入学式の時に用意したグレーのスーツに身を包んでいる。
 ワクワクしながらコンサートホールに辿り着くと、そこには既に長い列が作られていた。
その列に並んでいる人々を見て、カナメがきょとんとしている。
「あれ……?
なんかカジュアルな格好した人がいっぱい居るけど、そんなに格式張らなくても良かったのかな?」
「うん、俺もそう思った」
 少し戸惑いながらも、最後尾に居る係員に確認を取って列に並ぶ。
入場時間までまだ少し時間があるが、既にカナメはにこにこと機嫌を良くしている。
「おっ? お前そんなに演奏会楽しみ?」
 ここまで喜ばれると満更でも無い様で、勤もカナメに笑いかける。
するとカナメはこう答えた。
「演奏会も楽しみだけど、勤がわざわざ僕の事誘ってくれたのが嬉しくて」
「お、おう」
 素直な感謝の言葉に照れているのか、勤は顔を真っ赤にして明後日の方に視線を飛ばす。
 そうこうしている内にも列が動き出すが、この様な長蛇の列に慣れていない人が多い様で、移動するにつれて列が乱れ気味になり、カナメと勤の間に距離が出来てきてしまった。
どうしようと慌て始めたカナメの手を、誰かが掴んだ。
突然の事にカナメは身体を震わせたが、掴んでいる手が勤の物だとすぐに解って安心する。
「これじゃ会場内に入るまで手ぇ繋いでないとはぐれるな」
 そう言ってなんとかカナメの隣に辿り着いた勤の大きな手を、カナメがぎゅっと握り返す。
「ここではぐれちゃったら見付けられる気がしないから、離さないでね」
「わかってるって」
 口を尖らせて少し意地悪そうな顔をするカナメに、勤は照れた様な笑顔を返す。
そのまま会場の中に入るまで、二人は手を繋ぎ、肩を寄り添わせて進んだのだった。

 会場に入り、指定された席へと行くとそこは二階席だった。
本当は一階の席を取りたかったと勤は言っているのだが、一階席の方が値段が高いだろうし、音楽を聴くだけなら二階席でも何の問題も無いと、カナメは改めてお礼を言う。
 大人しく席に座り、プログラムムックを見る二人。
「うーん、やっぱ最近の作品の曲が多いなぁ」
「え? 古いやつの曲の方が好き?」
「最近のも好きだけど、古いやつのは思い出補正が掛かってて、改めてじっくり聴きたいなって言う感じ」
「あー、思い出補正な。
確かにあのピコピコ音がオーケストラになったらって思うと、じっくり聴きたいな」
 そんな思い出話をしている間にも、会場が暗くなり開演の時間がやってきた。
二人は舞台に向き直り、改めて演奏を聴く体制に入ったのだった。

 長い様で居て短く感じた演奏会も終わり、客席から出てきた二人。
どうだったかと勤が訊ねようとしたが、訊ねるまでも無くカナメは半ば放心状態で、演奏を楽しめたのだろうというのが見て解る。
 何はともあれ、演奏会の時間の関係で二人ともまだ夕食を食べていない。
「カナメ、晩飯どうする?」
 勤の問いかけに、カナメはほけっとした顔を向けて言う。
「えっと、今日は流石に晩ご飯作れる気がしないから、何処かで食べていきたいな」
「そっか。じゃあ何処か入れそうな所探すか」
 そうして、何が食べたいと言う話をしながら、二人は駅周辺の店を見て回った。

 結局二人が入ったのは、駅前の小さなカレー屋だった。
他にもラーメンや牛丼という案も出たのだが、カナメが一人暮らしをしているとなかなかカレーを作る機会が無いからと言うので、カレーを選んだ。
「カレーって一食分ずつ作るの難しいのか?」
「スパイスを自力で調合して作るんだったら難しくは無いんだろうけど、僕は市販のルーを使わないと作れないから、一食分ずつ作るのは難しいんだよね」
「なんか高度な事言ってる」
 カウンターに座り、そんな話をしている間にもカレーが運ばれてきて、二人でいただきますをする。
本当にカレーを食べるのが久しぶりらしく、上機嫌な顔をして頬張るするカナメを見て、勤は今日演奏会に誘って良かったとしみじみ思う。
 一生懸命カレーを食べるカナメを暫く眺めてから、勤もカレーを食べ始める。
昔からの事なのだが、勤よりもカナメの方が食べるスピードが速いので、勤がカレーを半分食べた頃には、もうカナメの前に置かれている皿は空になっている。
勤が食べ終わるまで、カナメは水を飲みながらぼーっとしていたが、カレーを食べ終えた勤が突然こんな事を訊いてきた。
「そう言えばお前、学校で他の友達とか出来たのか?
全然そんな話聞かないんだけど」
「学校の友達?
うーん、あんまり他の生徒と話さないからなぁ。
あ、でも、同じ学校の人じゃ無いけど彼女は出来たよ」
 その返しが予想外だったのか、一瞬勤の表情がこわばった。
「か、彼女? できたん?」
「うん」
 急に表情が暗くなっていく勤の様子を見て、カナメは何か悪い事を言ってしまったのだろうかと気が気でない。
「あの、僕なんか悪い事言っちゃったかな?」
 しょんぼりするカナメに、勤は慌ててこう返す。
「いやいや、俺がまだ恋人居た事ないから、お前にいきなり彼女が出来たって聞いてびっくりしてるだけだよ」
「え? 勤、恋人居た事ないの?」
 高校の時から勤が社交的だったのを知っているカナメは、勤の言葉に思わず驚いた。
今勤が通っている学校は共学な上、カナメと会う機会も少なくなっていたからてっきり恋人と過ごしている時間があると思っていたのだ。
「あー…… うん……
なんかフライングした感じで…… ごめん」
「いや、お前は何も悪い事してないし、謝る必要無いよ」
 カレー屋の中で沈んだ空気を暫く漂わせていた二人だが、気まずい雰囲気が嫌なのか、ふと勤がぎこちない笑みを浮かべて話題を変えた。
「そう言えば今日の演奏会どうだった?
俺はカナメと一緒に来られて楽しかったけど」
 その言葉に、カナメも笑顔になって返す。
「うん、僕も楽しかったよ。
あと、やっぱりなんか勤の元気な顔が見られて安心したし」
「お? 俺が元気だと嬉しい?」
「当たり前じゃん。友達だもん」
「そ、そうだな。友達だもんな」
 何故か顔を赤くしている勤の事を不思議そうに眺めていたカナメだが、素直にお互いが友達だと確認し合ったのが少し気恥ずかしいのだろうと納得する。
 カレーの皿が下げられた後も、二人は暫くカレー屋で取り留めのない話をして、年が明けたらまた会おうという約束を笑顔で交わして店を出た。