夏休みも終わり、このところ週末、カナメは美夏と一緒に過ごす事が多くなっていた。
何故かというと……
「ねぇ美夏、この衣装今日明日で作れるかな?」
「作れるかな? じゃない。作るの」
次回参加するイベントで着るコスプレの衣装を、美夏と共同で作っているのだ。
カナメは学校の専攻が服飾ではあるけれどまだ初心者で、型紙を引き、用意しないと衣装を作れない。
しかし、美夏は学校の専攻が……いや、学校に通っているかも定かでは無い、もしかしたら社会人なのかもしれないが…… 服飾という訳でも無いにもかかわらず、型紙無しで布を切り出して衣装を作れるというコスプレ玄人なのだ。
次回イベントまであと一ヶ月。
授業が週に六日入っているカナメがコスプレ衣装に手を掛ける余裕があるのは土曜の午後と日曜だけだ。
そんな状況で型紙から作っていては、イベントに間に合わない。
そんな訳で、美夏の衣装製作も手伝うという条件の下、美夏に布の裁断を一気に済ませて貰っているのだ。
真っ先に表地になる布を裁断して貰い、カナメが一気にミシンで縫い上げアイロンをかける。
その間に美夏がツルツルとした裏地の裁断を済ませ、今度は二人がかりで裏地を柔らかな生成りのしつけ糸で縫っていく。
「ねぇ、カナメ」
「何?」
「コスプレ衣装なのに、裏地にきせ入れる必要あるのかな……」
「前にきせ入れずに作ったら、お母さんに怒られた事があって……」
「あ、ハイ」
コスプレをする事自体に関しては怒られていないのかと美夏は思ったが、話に訊く限りカナメの家族は父親以外皆ゲームや漫画が好きな様だし、父親も好きな事は出来る内にやって置いた方が良いという方針らしいので、所謂『一般的な』家庭の様に煩くは言われないのだろう。
暫く二人とも無言で縫っていたのだが、カナメが一旦針を針山に休ませ、アイロンのコードを延ばしている所に美夏がこう言った。
「ねぇ、もし私がカナメの事好きって言ったら、どうする?」
「え?
どうするって、僕も美夏の事好きだよ?」
「友達として? それとも、恋人?」
突然の問いに、カナメは思わずアイロンのコードから手を離してしまい、シュルシュルカションッと勢いよく音を立ててアイロンのコードが巻き取られる。
震える手で再びコードを引っ張りだし、コンセントに刺しながら、小声で答えた。
「……美夏が良いなら、恋人で……」
それを聞いた美夏は、肩を寄せてカナメに訊ねる。
「アイロン、スイッチ入れた?」
「……入れてない……」
顔を真っ赤にしてアイロンを握っているカナメの事を、美夏が強く抱きしめた。
そんな甘いひとときが有った物の、修羅場である現実は変わらない。
美夏がカナメから身体を離した後速やかにアイロンのスイッチを入れアイロンがけの準備をする。
その間に美夏が小物を作る準備をする。
裏地にアイロンを掛けたら、後は全てミシンで縫う作業だけなので、衣装自体の作業分担が出来ないのだ。
作業を続ける事数時間、日付が変わる直前辺りに二人の作業が片付いた。
「ふへぇ…… 美夏、ありがとうね。
これからご飯作るからちょっと待っててね」
「あ、私も何か手伝おうか?」
「じゃあ冷凍庫からおにぎり出して、二人分暖めて置いて。
あと、冷凍庫の中のもやしと冷蔵庫のにんにくの芽取って」
「らじゃ」
台所に立つカナメが、美夏からもやしとにんにくの芽を受け取り、そのまま流れる様にお茶碗を二つ渡す。
包みを剥がす音を聞きながら、カナメは細かく刻まれているもやしと食べ易い大きさに刻んだにんにくの芽をフライパンに入れ、めんつゆ、砂糖、ラー油を加えて炒める。
暫くするとめんつゆに混じった甘い香りが漂い始め、カナメと美夏のお腹が鳴り始めた。
炒め終わったもやしとにんにくの芽を小皿に盛り、冷蔵庫から取り出して貰った鶏胸肉をフードプロセッサーで挽肉にし、パン粉と冷凍もやしと卵一個を混ぜ合わせ、それを耐熱ガラスの皿の上に敷き詰めてからパン粉を隙間無く振りかける。
そうこうしている内にレンジが一仕事終え、美夏が中からご飯を取り出す。
するとカナメがそのまま肉の敷き詰められた耐熱皿をレンジに入れ、今度はオーブンにしてタイマーをセットする。
「オーブンメンチが出来るまで時間掛かるから、きんぴらもやしでご飯食べてようか」
「へー、もやしのきんぴらねぇ。
経済的だし美味しそうね」
二人とも疲れでへろへろになりながらもいただきますをして、料理に手を付ける。
「もやし美味しい! これ凄くご飯に合うわね」
「そう? 良かった」
「でも、細かく刻んでない方が食べやすいかも」
「うん。それは僕も常々思ってる」
昼食からおよそ十二時間が経過していた為か、二人とも勢いよくご飯ともやしのきんぴらを食べ終わってしまい、オーブンメンチが焼き上がるまでに妙な間が出来てしまった。
何も喋らないでいるのも気まずいので、カナメが美夏に、普段何をしているのかを訊ねた。
「美夏はどんな学校行ってるの?
それとも社会人?」
「え? 私?」
「うん。そう」
作業中いつでも水分補給が出来る様に、大きなペットボトルに入れて置いた、真っ赤でほのかに酸っぱいお茶を二人分コップに注ぎながら答えを待っていると、キャップを閉めた所でこう返ってきた。
「陸軍で幹部やってるけど」
思わずペットボトルがカナメの手から滑り落ちる。
「え? 陸軍? 陸軍? 幹部? え?」
予想外の回答を聞いてしまい戸惑うカナメに、美夏が説明するにはこう言う事だった。
美夏の両親は父母共に軍属で、美夏も幼い頃から軍の学校に通っていたのだという。
高校までは休みが日曜しか無かったが、その日曜日に何をやっていても特に文句を言われる事は無かったので、中学生になった辺りからイベント参加を初めてコスプレもする様になったとの事。
「軍の学校って、凄く規律が厳しいイメージあるんだけど、そうでも無いの?」
「厳しいは厳しいわよ。寮の門限とか有ったしね。
でも、規律を守っている限りは何やっても構わない感じだったから、オタクの軍人って結構居るのよ」
「そうなんだ、知らなかった……」
「そこで頑張ったおかげで今は結構自由な時間取れてるし、良かったんじゃ無いかしら」
美夏の説明にカナメは素直に納得するが、今度は他の心配もわいてきた。
「軍属って言う事は……危ない仕事も有るんだよね?」
「え? 先週中東に行ってきたけど?」
レンジの奏でる電子音が響く。
カナメは黙って立ち上がり、鍋掴みを両手に填めてオーブンメンチをレンジから取り出してテーブルの上に置き、美夏に言った。
「……これからも、僕の作ったごはん食べてくれる?」
「作ってくれるなら」
「また何処か危ない所に行っても、ちゃんと帰ってきてね」
「勿論よ。日本国で、カナメがご飯作って待っていてくれるんだもの」
疲れが溜まっているせいで余計に不安を煽られているのか、目に涙を溜めるカナメの頭を、美夏はそっと撫でた。
その後数分程カナメがグスグス言っては居たが、焼きたての香ばしい香りを立てるオーブンメンチを目の前にして、腹減りの二人が何時までも耐えられるはずが無い。
すぐさま何事も無かったかの様にオーブンメンチをお茶碗に取り分け、各々ソースやケチャップ等テーブルの上に並べられた好きな調味料をかけて食べ始める。
「ねぇ、メンチに梅って合うの?」
練り梅を薄くオーブンメンチに塗って食べているカナメに、美夏が不思議そうな顔をする。
「個人的には合うと思うんだけど、一般的にはどうなんだろう。
僕が単に梅が好きなだけの様な気もする」
「なるほど」
カナメの言葉を聞いた美夏は、一旦お茶碗のオーブンメンチを平らげ、またオーブンメンチを取り分けてきて今度は練り梅を塗って囓ってみている。
「うん。梅も合うわね」
「僕が作るオーブンメンチは鶏肉だから、梅とも合うのかもしれないね」
二人で和やかに食事をした後、もう疲れたから寝ようと言う事で、美夏は自分の部屋へと帰っていった。
何故かというと……
「ねぇ美夏、この衣装今日明日で作れるかな?」
「作れるかな? じゃない。作るの」
次回参加するイベントで着るコスプレの衣装を、美夏と共同で作っているのだ。
カナメは学校の専攻が服飾ではあるけれどまだ初心者で、型紙を引き、用意しないと衣装を作れない。
しかし、美夏は学校の専攻が……いや、学校に通っているかも定かでは無い、もしかしたら社会人なのかもしれないが…… 服飾という訳でも無いにもかかわらず、型紙無しで布を切り出して衣装を作れるというコスプレ玄人なのだ。
次回イベントまであと一ヶ月。
授業が週に六日入っているカナメがコスプレ衣装に手を掛ける余裕があるのは土曜の午後と日曜だけだ。
そんな状況で型紙から作っていては、イベントに間に合わない。
そんな訳で、美夏の衣装製作も手伝うという条件の下、美夏に布の裁断を一気に済ませて貰っているのだ。
真っ先に表地になる布を裁断して貰い、カナメが一気にミシンで縫い上げアイロンをかける。
その間に美夏がツルツルとした裏地の裁断を済ませ、今度は二人がかりで裏地を柔らかな生成りのしつけ糸で縫っていく。
「ねぇ、カナメ」
「何?」
「コスプレ衣装なのに、裏地にきせ入れる必要あるのかな……」
「前にきせ入れずに作ったら、お母さんに怒られた事があって……」
「あ、ハイ」
コスプレをする事自体に関しては怒られていないのかと美夏は思ったが、話に訊く限りカナメの家族は父親以外皆ゲームや漫画が好きな様だし、父親も好きな事は出来る内にやって置いた方が良いという方針らしいので、所謂『一般的な』家庭の様に煩くは言われないのだろう。
暫く二人とも無言で縫っていたのだが、カナメが一旦針を針山に休ませ、アイロンのコードを延ばしている所に美夏がこう言った。
「ねぇ、もし私がカナメの事好きって言ったら、どうする?」
「え?
どうするって、僕も美夏の事好きだよ?」
「友達として? それとも、恋人?」
突然の問いに、カナメは思わずアイロンのコードから手を離してしまい、シュルシュルカションッと勢いよく音を立ててアイロンのコードが巻き取られる。
震える手で再びコードを引っ張りだし、コンセントに刺しながら、小声で答えた。
「……美夏が良いなら、恋人で……」
それを聞いた美夏は、肩を寄せてカナメに訊ねる。
「アイロン、スイッチ入れた?」
「……入れてない……」
顔を真っ赤にしてアイロンを握っているカナメの事を、美夏が強く抱きしめた。
そんな甘いひとときが有った物の、修羅場である現実は変わらない。
美夏がカナメから身体を離した後速やかにアイロンのスイッチを入れアイロンがけの準備をする。
その間に美夏が小物を作る準備をする。
裏地にアイロンを掛けたら、後は全てミシンで縫う作業だけなので、衣装自体の作業分担が出来ないのだ。
作業を続ける事数時間、日付が変わる直前辺りに二人の作業が片付いた。
「ふへぇ…… 美夏、ありがとうね。
これからご飯作るからちょっと待っててね」
「あ、私も何か手伝おうか?」
「じゃあ冷凍庫からおにぎり出して、二人分暖めて置いて。
あと、冷凍庫の中のもやしと冷蔵庫のにんにくの芽取って」
「らじゃ」
台所に立つカナメが、美夏からもやしとにんにくの芽を受け取り、そのまま流れる様にお茶碗を二つ渡す。
包みを剥がす音を聞きながら、カナメは細かく刻まれているもやしと食べ易い大きさに刻んだにんにくの芽をフライパンに入れ、めんつゆ、砂糖、ラー油を加えて炒める。
暫くするとめんつゆに混じった甘い香りが漂い始め、カナメと美夏のお腹が鳴り始めた。
炒め終わったもやしとにんにくの芽を小皿に盛り、冷蔵庫から取り出して貰った鶏胸肉をフードプロセッサーで挽肉にし、パン粉と冷凍もやしと卵一個を混ぜ合わせ、それを耐熱ガラスの皿の上に敷き詰めてからパン粉を隙間無く振りかける。
そうこうしている内にレンジが一仕事終え、美夏が中からご飯を取り出す。
するとカナメがそのまま肉の敷き詰められた耐熱皿をレンジに入れ、今度はオーブンにしてタイマーをセットする。
「オーブンメンチが出来るまで時間掛かるから、きんぴらもやしでご飯食べてようか」
「へー、もやしのきんぴらねぇ。
経済的だし美味しそうね」
二人とも疲れでへろへろになりながらもいただきますをして、料理に手を付ける。
「もやし美味しい! これ凄くご飯に合うわね」
「そう? 良かった」
「でも、細かく刻んでない方が食べやすいかも」
「うん。それは僕も常々思ってる」
昼食からおよそ十二時間が経過していた為か、二人とも勢いよくご飯ともやしのきんぴらを食べ終わってしまい、オーブンメンチが焼き上がるまでに妙な間が出来てしまった。
何も喋らないでいるのも気まずいので、カナメが美夏に、普段何をしているのかを訊ねた。
「美夏はどんな学校行ってるの?
それとも社会人?」
「え? 私?」
「うん。そう」
作業中いつでも水分補給が出来る様に、大きなペットボトルに入れて置いた、真っ赤でほのかに酸っぱいお茶を二人分コップに注ぎながら答えを待っていると、キャップを閉めた所でこう返ってきた。
「陸軍で幹部やってるけど」
思わずペットボトルがカナメの手から滑り落ちる。
「え? 陸軍? 陸軍? 幹部? え?」
予想外の回答を聞いてしまい戸惑うカナメに、美夏が説明するにはこう言う事だった。
美夏の両親は父母共に軍属で、美夏も幼い頃から軍の学校に通っていたのだという。
高校までは休みが日曜しか無かったが、その日曜日に何をやっていても特に文句を言われる事は無かったので、中学生になった辺りからイベント参加を初めてコスプレもする様になったとの事。
「軍の学校って、凄く規律が厳しいイメージあるんだけど、そうでも無いの?」
「厳しいは厳しいわよ。寮の門限とか有ったしね。
でも、規律を守っている限りは何やっても構わない感じだったから、オタクの軍人って結構居るのよ」
「そうなんだ、知らなかった……」
「そこで頑張ったおかげで今は結構自由な時間取れてるし、良かったんじゃ無いかしら」
美夏の説明にカナメは素直に納得するが、今度は他の心配もわいてきた。
「軍属って言う事は……危ない仕事も有るんだよね?」
「え? 先週中東に行ってきたけど?」
レンジの奏でる電子音が響く。
カナメは黙って立ち上がり、鍋掴みを両手に填めてオーブンメンチをレンジから取り出してテーブルの上に置き、美夏に言った。
「……これからも、僕の作ったごはん食べてくれる?」
「作ってくれるなら」
「また何処か危ない所に行っても、ちゃんと帰ってきてね」
「勿論よ。日本国で、カナメがご飯作って待っていてくれるんだもの」
疲れが溜まっているせいで余計に不安を煽られているのか、目に涙を溜めるカナメの頭を、美夏はそっと撫でた。
その後数分程カナメがグスグス言っては居たが、焼きたての香ばしい香りを立てるオーブンメンチを目の前にして、腹減りの二人が何時までも耐えられるはずが無い。
すぐさま何事も無かったかの様にオーブンメンチをお茶碗に取り分け、各々ソースやケチャップ等テーブルの上に並べられた好きな調味料をかけて食べ始める。
「ねぇ、メンチに梅って合うの?」
練り梅を薄くオーブンメンチに塗って食べているカナメに、美夏が不思議そうな顔をする。
「個人的には合うと思うんだけど、一般的にはどうなんだろう。
僕が単に梅が好きなだけの様な気もする」
「なるほど」
カナメの言葉を聞いた美夏は、一旦お茶碗のオーブンメンチを平らげ、またオーブンメンチを取り分けてきて今度は練り梅を塗って囓ってみている。
「うん。梅も合うわね」
「僕が作るオーブンメンチは鶏肉だから、梅とも合うのかもしれないね」
二人で和やかに食事をした後、もう疲れたから寝ようと言う事で、美夏は自分の部屋へと帰っていった。