あれから数ヶ月経って、カナメから新しい友人を紹介された。
病院で知り合ったと言っていた人だ。
「この人が病院がきっかけで知り合った悠希さんだよ」
「初めまして。新橋悠希です」
「は、初めまして。寺原勤っていいます」
 紹介されたのは、着物に袴姿、尚且つ背後に西洋系の霊を立たせてるあの彼だった。
悠希さんは初めましてって言ってるけど、俺からすれば初めて見た相手ではないんだよな。
よく考えたら、高校の時に法事でうちに来ていた気もするし。
 背後に立っている霊はいい加減怒りが収まったらしく、悠希さんの背後すれすれくらいに居るだけで不穏な空気は漂わせていない。
だから、その霊についてはもう気にする必要は無い。けれども別件で気になる事があった。
「スイマセン悠希さん、その、そこで二足歩行してる犬、何なんですか?」
 俺が思わず挙動不審になりかかりながら訊くと、悠希さんが笑顔を輝かせてこう答えた。
「この子は僕が生まれた時から一緒に育った、宇宙犬の鎌谷君って言うんです。
よろしくお願いします」
 宇宙犬……噂には聞くし偶にテレビで紹介されてたりするから存在は知ってたけど、まさか生で見る事になるとは。
「お、おう。よろしく」
 ぎこちなく俺が鎌谷君と呼ばれた宇宙犬に挨拶をすると、鎌谷君は腕を組みながらぶっきらぼうに答える。
「よろしくな。まぁ、俺犬だしあんま気にしなくて良いぜ」
 気になるよ。
心の中でそうツッコみながら、今お茶をしているレストランを出たら何処に行こうかという話をする。
「この辺りはアクセサリーのパーツ屋さんが多いから、その辺を見て回りたいんですけど……」
「でも、勤はこういうのあんまり興味ないだろうし、何だったら電気街行く?」
 アクセサリーのパーツかぁ。そう言えば今までそんなのじっくり見た事無いし、カナメが好きだと言っている物だ、興味はある。
「いや、俺もパーツ屋さんって見てみたいな。
カナメと悠希さんが普段どんな物使ってるのか気になるし」
「そう? じゃあここのはす向かいにある石屋さんから見ようか」
「え? 石屋もあるの? 見る見る」
 アクセサリーのパーツって言うから、ガラスとかプラスチックとかそういうの想像してたけど、石も使うのか。
もしかしたら今後、除霊に使う石をここで調達出来るかもしれないな。そんな事を思いながら、俺達は会計を済ませてレストランを後にした。

 そしてはす向かいの石屋で。
確かに石ではあるのだけれど、石は全てビーズ状に加工されていて、糸で繋がれている。
それだけなら問題は無いのだが、どうにも籠もっている力が均一化してしまっていて、弱まっているんだよな。
除霊用の石をここで買うのはロスが多そうだ。
 俺がこっそり気を落としている間にも、カナメと悠希さんは他の石を見て回っている。
カナメは透き通った緑色の石を、悠希さんは優しくミルクがかった黄色い石を手に取っている。
 カナメが店員を呼び、緑色の石を選んでいる所で訊ねる。
「その石、なんて言うんだ?」
 するとカナメはきょとんとした顔で答える。
「え?昔、勤にも見せた事有ると思うんだけど、フローライトって言う石だよ」
「え?俺の知ってるフローライトと違う」
 そう、フローライトという石は高校時代に見せて貰った事が有る。けれどもその時に見た物は、四角い結晶がいくつもくっついている物だったのだ。
「まぁ、丸く磨いちゃうとわかんないよね」
 ふわりと笑顔を見せたあと、カナメは視線をフローライトの束へと戻す。
すると、カナメに憑いているカエルが台の上に降りたってフローライトをちょこちょこつつくのだ。
カエルに誘導されフローライトを選んだカナメは、店員に会計を頼む。
 これは邪魔してはいけないなと思い、今度は悠希さんの方に声を掛けた。
「悠希さん、その黄色い石、なんて言うんですか?」
「この石?これはアラゴナイトって言うんです。
優しくて可愛い色をしてるから、結構お気に入りなんだ」
 丁寧に説明をしてくれた後、悠希さんはアラゴナイトの連を一本ずつ眺めながら笑みを浮かべる。
そんな彼の左手では、中指に填まった光の輪がきらきらと輝いていた。

 そんなこんなで色々な店を回る事暫く。
何となく鎌谷君が好奇の視線で見られている気はするが、和やかに買い物を済ませていく事が出来た。
そうは言っても、俺はなにも買ってないんだけど。
 あらかた店を回り終わった後、改めて、ここに来てすぐに入ったレストランに居た。
思ったよりも時間が掛かってしまったので、夕食を済ませておこうというのだ。
 買い物の感想などを話しながら食事をする訳なのだが、早食いのカナメが真っ先に食べ終わったのはわかるにしても、どうにも悠希さんの食事ペースが遅い。
「ごめんね、食べるの遅くて」
 悠希さんは申し訳なさそうにそう言うけれど、別に責める気は無い。
ただ、どうしてこんなに食べるのがゆっくりなのかが気になった。
それを訊ねると、悠希さんはこう言った。
「実は、ご飯を作る気力も食べる気力も殆ど無くて、いつもは液体食料缶で済ませてるんです。
だから、こう言うご飯を食べるのに慣れてなくて」
 それは相当重病なのではないだろうか。
元職場の近くに行くと呼吸困難を起こすカナメの事を相当な物だと思って居たが、一見何の問題もなさそうな悠希さんでさえこんな症状を抱えていただなんて。
 申し訳ないと言った表情から戻らなくなってしまった悠希さんをちらりと見て、鎌谷君がこう言う。
「まぁ、飯食ってる間は店員も俺等を追い出しに掛からないだろうし、まったりするのには良いんじゃねーか?」
「そうだよ悠希さん。
だから気にしないでね」
 カナメにもそう言われて、ようやく安心した様子の悠希さん。
照れたように笑った後、またゆっくりと料理を食べ始めた。

 悠希さんの食事も終わり、飲み物を飲みながら談笑する。
内容は、カナメと悠希さんがどんな物を作っているかについてだ。
「僕は9ピン使ってビーズ繋げるのが多いんだけど、ビーズ編みもやってみたいんだよね」
「そうなの? 僕、ビーズ編みの図案が載った雑誌をいっぱい持ってるから、カナメさんにも貸してあげようか?」
 ううむ、カナメと悠希さん仲が良いな……
無邪気な笑みをカナメから向けられる悠希さんを見て、何となく胸がちくりとした。
 そうなんだよ。カナメはこうやってアクセサリー作ったり、編み物したり、縫い物したり、趣味はまるっきり女の子なんだよな。
彼女が居るって言うのにもかかわらず、昔抱いていた思いが甦ってくる。
 なんでカナメは女の子じゃないんだろう。
カナメがお手洗いに行くというので席を外した隙に、俺は悠希さんにこう訊ねた。
「悠希さん、カナメって女の子っぽいと思った事、有りません?」
 すると悠希さんは気まずそうな笑みを浮かべて、言いづらそうにこう答えた。
「その……実は……
僕、病院でカナメさんを見た時、ずっと女の子だと思ってて、それで、その……」
 続きを上手く言えないで居る悠希さんに代わって、鎌谷君が言葉を続ける。
「そしたら男だってのがわかってさ、そん時はカナメの弟まで巻き込んで大騒ぎになったんだよな」
「うん……」
 悠希さんと鎌谷君から聞かされたそのエピソードに、やはりと言う思いと小さな嫉妬心が湧いてくる。
でもやっぱりカナメは男な訳だし、悠希さんだって男だとわかってもカナメの事を突き放さず、友人として付き合っているのだ。
 悠希さんだけにそんな話をさせておいて自分が何も言わないのは悪い気がしたので、カナメが何時戻ってくるかとひやひやしながら、俺も高校の時の事を話した。
 すると悠希さんがアイスティーのグラスに視線を落としながらこう言った。
「でも、それでも勤さんはカナメさんの友達でずっと居るんでしょう?
それって、もう友達とか恋人とか、そんな言葉じゃ言い表せない強い絆なんじゃないかな」
 そう向けられた言葉と儚げな微笑みに、俺は少し救われた気がした。