ソンメルソさんが成仏して一年程経った。
美言さんに依頼された仕事を片付けられたと報告した時は、非常に喜ばれたな。
今でも紙の守出版に偶に出入りしているのだが、こんな話を美言さんがしてきた。
「悠希さんの小説、本当に売れ行きが良くてビックリしています。
執筆スピードも結構早いから、色々なシリーズを書いて貰ってるんですよ」
「へぇ、そうなんですか」
「しかも、当社から出している小説は二次創作フリーなので、偶に同人誌なんかも送られてきますね。
流石に悠希さんに見せたらショックを受けそうな本もありますけど、問題なさそうなのは悠希さんにも見せてたりします」
そう、悠希さんは無事に小説家デビューを果たし、それなりに順調な日々を送っている様だ。
首からロザリオを下げた美言さんの話を暫く聞いた後、美言さんの上司の口げんかをBGMに紙の守出版編集部を後にする。
今日はこの後、カナメと美夏さんとの待ち合わせだ。
紙の守出版編集部から本屋街へと移動し、大通りに面した本屋の前で二人と落ち合う。
今日は俺の方が少し遅れて待ち合わせ場所に着いた。
今回なんで本屋街で待ち合わせをしていたのかというと、カナメが最近はまっている小説を買うために、大きい本屋に行きたいと言っていたからだ。
美夏さんは勿論、カナメもフリフリでこそ無いものの可愛らしい女の子の服を着ている。
はぁ、もう、可愛いなぁ……
でも、俺もだいぶ前にフラれてる訳だし、他の女の子探さなきゃな。
そう思って悠希さんや匠ちゃんに紹介はして貰うんだけど、やっぱりカナメの事が諦められなくて。
もういっその事、あの美しい思い出と一緒に、一生独身で居ても良いかなとも思う事もある。
「そう言えばカナメ、どんな小説買うつもりなんだ?」
「え?
あの、紙の守出版って言う所から出てる小説なんだけど、悠希さんが書いてるって言ってたやつ買おうと思って。
他のシリーズも買って読んでるんだけど、どれも面白いんだよ」
そう言って笑顔を見せるカナメに、美夏さんがこう言う。
「私が出張で居ない時、それ読んで寂しいの我慢してるんだよね」
「う、うん」
「なんだよ~。
寂しい時には頼ってくれないと俺が寂しい~」
カナメと美夏さんは、実はまだ結婚はしていない。
美夏さんは結構収入があるらしいのだが、カナメがほぼ収入が無いと言って過言では無い状態なので、結婚資金がなかなか貯まらないという。
カナメの親は、カナメの分の結婚資金は負担すると言っていたらしいのだけれど、毎月仕送りをして貰っているのだから、それ以上は貰えないと言って断ったのだそうだ。
だから、カナメは色々な生活費を切り詰めて、美夏さんと共同で作った銀行口座に毎月一定額を入れているそうだ。
不平等が無いように、美夏さんもカナメと同じ額を入れているそうで、カナメのペースに合わせているから目標金額までの道のりが長いという。
俺は正直、カナメと結婚するという美夏さんに嫉妬していた。
でも、カナメの幸せの事を考えたら二人を引き離す事なんて出来なくて、でも手助けをする程の気概は無くて、ただただ、三人揃って友人という関係を保っている。
本を見ながら、そろそろ貯金が貯まるねなんて、美夏さんと話すカナメ。
そうか、この二人、もうすぐ結婚するのか。
少しもの悲しさを感じながら、それを誤魔化すように本を手に取る。
ページを捲っても内容が頭に入ってこない。
ぺらぺらとページを捲る作業だけをしている俺に、カナメが話しかけてきた。
「そう言えば、勤は悠希さんからあの話聞いた?」
「え? 何の話?」
話しかけられた事に少し嬉しさを感じながら返事を返すと、こんな話をされた。
何でも、悠希さんが小説家デビューする際に紙の守出版編集部に行ったらしいのだが、その時にズラッと黒服の男達が取り囲んでいたらしい。
悠希さん曰く、出版社の人が雇ってる警備員の人かな? との事だったらしいのだが、実は俺はその話の内情を知っている。
その黒服の男達は、紙の守出版が雇った警備員では無いと言う事を美言さんから聞いている。
では一体何だったのか。
実は、あの黒服達は悠希さんの身を案じた聖史さんが、詐欺対策として付けた物なのだ。
美言さんが黒服の事情を知っていた訳では無く、悠希さんの除霊完了の報告を聖史さんにもしたのだが、それ以降偶に悠希さんの事を気にしている聖史さんから電話が掛かってくる事が有り、その中のある時に、聖史さん本人から聞いた。
美言さん本人としては、あの時は怖くて仕方なかったんですから。との事。
しかし、俺が紙の守出版に出入りしている事はカナメに言っていないので、へぇ、そんな事が有ったんだ。と言う反応を返さざるを得ない。
ふと、疑問に思った事をカナメに訊ねる。
「カナメって確か、一時期小説大賞に応募してたよな。今でも続けてるん?」
するとカナメは少し寂しそうに笑って言う。
「ううん、流石に毎回毎回大量に書くのは息が続かなくて。
今はもっぱらホームページで二次創作してる」
「うん、そっか。ちょっと残念だな」
俺がそう返すと、カナメは唇を尖らせ、笑って言う。
「なに?
勤は僕に小説家デビューして欲しいの?」
だめだ、俺、カナメのこの表情に弱いんだよな。
少し顔が熱くなるのを感じながら、カナメに言う。
「だって、お前昔からずっと小説書いてるじゃ無いか。
それが実を結んだって良いと思うんだけどな」
「そう?
でも、今やってるホームページでも結構読んでくれてる人居るし、そう言う意味では実を結んでるんじゃ無いかな?」
「そうなん?
まぁ、お前が満足してれば良いか」
そんなたわいの無い話で笑い合う。
こんな些細なひとときが、高校の時からずっと積み上がって、沢山重なって。
何時だったか悠希さんが言ってたな。
『友達とか恋人とか、そんな言葉じゃ言い表せない強い絆なんじゃないかな』
俺とカナメは、友人や恋人を越える絆で繋がれているんだろうか。
もしそうだったとしたら良いななんて思いながらも、カナメに訊ねる事は出来ない。
俺がぼんやりと考え事をしている間にも、カナメはお目当ての本を抱えてレジに向かう。
ふと、美夏さんが俺に話しかけてきた。
「私ね、勤さんの事がうらやましいって思った事有るの」
「え? なんで?」
美夏さんの突然のその言葉に、思わず戸惑う。
「だって、カナメったらすぐに勤さんの話を出すのよ?
高校の時どうだったとか、この前会った時どうだったとか。
そんなに勤さんの事を見てるんだなって。
私ね、不安になってカナメに訊いた事があるの。
本当は勤さんの事が好きなんじゃ無いのって」
まさか美夏さんがこんな不安を抱えているなんて思わなかった。
だってカナメの奴、俺と会う時は美夏さんの話ばっかりするんだぞ?
意外に思いながらも、美夏さんにその時どんな答えが返ってきたのか、ドキドキしながら訊ねる。
「『それは無い』ってあっさり返されちゃった」
「あ、うん、やっぱり」
改めて恋心を完全否定されると、やはり気持ちが沈む。
そんな俺の様子に気付く事も無く、美夏さんは言葉を続ける。
「でもね、私も勤さんも、同じくらい大事な人だって、そう言ってた。
だから天秤に掛けさせないでって」
「……そっか、あいつらしいな」
暫く美夏さんとそんな話をしている内に、カナメは本の会計を済ませて戻ってくる。
「今日の用事はこれだけか?」
「目星付けてたのはこれだけだけど……」
「あ、私古本屋さん見たい」
「古本屋か、よっし、古本屋行こうぜ」
本当に、ああ本当に、こんな日が何時までも何時までも続きますように。
よし、今度この願掛けしに紙の守出版編集部行こう。
美言さんに依頼された仕事を片付けられたと報告した時は、非常に喜ばれたな。
今でも紙の守出版に偶に出入りしているのだが、こんな話を美言さんがしてきた。
「悠希さんの小説、本当に売れ行きが良くてビックリしています。
執筆スピードも結構早いから、色々なシリーズを書いて貰ってるんですよ」
「へぇ、そうなんですか」
「しかも、当社から出している小説は二次創作フリーなので、偶に同人誌なんかも送られてきますね。
流石に悠希さんに見せたらショックを受けそうな本もありますけど、問題なさそうなのは悠希さんにも見せてたりします」
そう、悠希さんは無事に小説家デビューを果たし、それなりに順調な日々を送っている様だ。
首からロザリオを下げた美言さんの話を暫く聞いた後、美言さんの上司の口げんかをBGMに紙の守出版編集部を後にする。
今日はこの後、カナメと美夏さんとの待ち合わせだ。
紙の守出版編集部から本屋街へと移動し、大通りに面した本屋の前で二人と落ち合う。
今日は俺の方が少し遅れて待ち合わせ場所に着いた。
今回なんで本屋街で待ち合わせをしていたのかというと、カナメが最近はまっている小説を買うために、大きい本屋に行きたいと言っていたからだ。
美夏さんは勿論、カナメもフリフリでこそ無いものの可愛らしい女の子の服を着ている。
はぁ、もう、可愛いなぁ……
でも、俺もだいぶ前にフラれてる訳だし、他の女の子探さなきゃな。
そう思って悠希さんや匠ちゃんに紹介はして貰うんだけど、やっぱりカナメの事が諦められなくて。
もういっその事、あの美しい思い出と一緒に、一生独身で居ても良いかなとも思う事もある。
「そう言えばカナメ、どんな小説買うつもりなんだ?」
「え?
あの、紙の守出版って言う所から出てる小説なんだけど、悠希さんが書いてるって言ってたやつ買おうと思って。
他のシリーズも買って読んでるんだけど、どれも面白いんだよ」
そう言って笑顔を見せるカナメに、美夏さんがこう言う。
「私が出張で居ない時、それ読んで寂しいの我慢してるんだよね」
「う、うん」
「なんだよ~。
寂しい時には頼ってくれないと俺が寂しい~」
カナメと美夏さんは、実はまだ結婚はしていない。
美夏さんは結構収入があるらしいのだが、カナメがほぼ収入が無いと言って過言では無い状態なので、結婚資金がなかなか貯まらないという。
カナメの親は、カナメの分の結婚資金は負担すると言っていたらしいのだけれど、毎月仕送りをして貰っているのだから、それ以上は貰えないと言って断ったのだそうだ。
だから、カナメは色々な生活費を切り詰めて、美夏さんと共同で作った銀行口座に毎月一定額を入れているそうだ。
不平等が無いように、美夏さんもカナメと同じ額を入れているそうで、カナメのペースに合わせているから目標金額までの道のりが長いという。
俺は正直、カナメと結婚するという美夏さんに嫉妬していた。
でも、カナメの幸せの事を考えたら二人を引き離す事なんて出来なくて、でも手助けをする程の気概は無くて、ただただ、三人揃って友人という関係を保っている。
本を見ながら、そろそろ貯金が貯まるねなんて、美夏さんと話すカナメ。
そうか、この二人、もうすぐ結婚するのか。
少しもの悲しさを感じながら、それを誤魔化すように本を手に取る。
ページを捲っても内容が頭に入ってこない。
ぺらぺらとページを捲る作業だけをしている俺に、カナメが話しかけてきた。
「そう言えば、勤は悠希さんからあの話聞いた?」
「え? 何の話?」
話しかけられた事に少し嬉しさを感じながら返事を返すと、こんな話をされた。
何でも、悠希さんが小説家デビューする際に紙の守出版編集部に行ったらしいのだが、その時にズラッと黒服の男達が取り囲んでいたらしい。
悠希さん曰く、出版社の人が雇ってる警備員の人かな? との事だったらしいのだが、実は俺はその話の内情を知っている。
その黒服の男達は、紙の守出版が雇った警備員では無いと言う事を美言さんから聞いている。
では一体何だったのか。
実は、あの黒服達は悠希さんの身を案じた聖史さんが、詐欺対策として付けた物なのだ。
美言さんが黒服の事情を知っていた訳では無く、悠希さんの除霊完了の報告を聖史さんにもしたのだが、それ以降偶に悠希さんの事を気にしている聖史さんから電話が掛かってくる事が有り、その中のある時に、聖史さん本人から聞いた。
美言さん本人としては、あの時は怖くて仕方なかったんですから。との事。
しかし、俺が紙の守出版に出入りしている事はカナメに言っていないので、へぇ、そんな事が有ったんだ。と言う反応を返さざるを得ない。
ふと、疑問に思った事をカナメに訊ねる。
「カナメって確か、一時期小説大賞に応募してたよな。今でも続けてるん?」
するとカナメは少し寂しそうに笑って言う。
「ううん、流石に毎回毎回大量に書くのは息が続かなくて。
今はもっぱらホームページで二次創作してる」
「うん、そっか。ちょっと残念だな」
俺がそう返すと、カナメは唇を尖らせ、笑って言う。
「なに?
勤は僕に小説家デビューして欲しいの?」
だめだ、俺、カナメのこの表情に弱いんだよな。
少し顔が熱くなるのを感じながら、カナメに言う。
「だって、お前昔からずっと小説書いてるじゃ無いか。
それが実を結んだって良いと思うんだけどな」
「そう?
でも、今やってるホームページでも結構読んでくれてる人居るし、そう言う意味では実を結んでるんじゃ無いかな?」
「そうなん?
まぁ、お前が満足してれば良いか」
そんなたわいの無い話で笑い合う。
こんな些細なひとときが、高校の時からずっと積み上がって、沢山重なって。
何時だったか悠希さんが言ってたな。
『友達とか恋人とか、そんな言葉じゃ言い表せない強い絆なんじゃないかな』
俺とカナメは、友人や恋人を越える絆で繋がれているんだろうか。
もしそうだったとしたら良いななんて思いながらも、カナメに訊ねる事は出来ない。
俺がぼんやりと考え事をしている間にも、カナメはお目当ての本を抱えてレジに向かう。
ふと、美夏さんが俺に話しかけてきた。
「私ね、勤さんの事がうらやましいって思った事有るの」
「え? なんで?」
美夏さんの突然のその言葉に、思わず戸惑う。
「だって、カナメったらすぐに勤さんの話を出すのよ?
高校の時どうだったとか、この前会った時どうだったとか。
そんなに勤さんの事を見てるんだなって。
私ね、不安になってカナメに訊いた事があるの。
本当は勤さんの事が好きなんじゃ無いのって」
まさか美夏さんがこんな不安を抱えているなんて思わなかった。
だってカナメの奴、俺と会う時は美夏さんの話ばっかりするんだぞ?
意外に思いながらも、美夏さんにその時どんな答えが返ってきたのか、ドキドキしながら訊ねる。
「『それは無い』ってあっさり返されちゃった」
「あ、うん、やっぱり」
改めて恋心を完全否定されると、やはり気持ちが沈む。
そんな俺の様子に気付く事も無く、美夏さんは言葉を続ける。
「でもね、私も勤さんも、同じくらい大事な人だって、そう言ってた。
だから天秤に掛けさせないでって」
「……そっか、あいつらしいな」
暫く美夏さんとそんな話をしている内に、カナメは本の会計を済ませて戻ってくる。
「今日の用事はこれだけか?」
「目星付けてたのはこれだけだけど……」
「あ、私古本屋さん見たい」
「古本屋か、よっし、古本屋行こうぜ」
本当に、ああ本当に、こんな日が何時までも何時までも続きますように。
よし、今度この願掛けしに紙の守出版編集部行こう。