ソンメルソさんと話をしてから一ヶ月程経った頃だろうか、俺は悠希さんの部屋へお邪魔する事になった。
二人でゆっくり話をしようと言う事だったのだが、悠希さんの部屋に案内されて俺は驚いた。
悠希さんの部屋は、カナメと同じアパートの同じ階に有るのだ。
悠希さんは、そう言えば言ってなかったね。と笑っているが、あらかじめ言われていたら俺は悠希さんの部屋に入り浸ってちょくちょくカナメの所に行っていたかもしれない。
だから知らなくて良かった。
悠希さんの部屋に入り、暫く雑談をする。
悠希さんはハーブティーが好きらしく、偶にアロマオイルを室内香として焚く事もあるらしい。
この話の流れを逃す訳には行かない。
俺は咄嗟に鞄の中から香炉と蓮の花のお香を取り出してこう言った。
「そう言えば、こう言うお香なんてどうなんだ?
カナメが結構好きらしくて分けて貰ったんだけど」
「へぇ、カナメさん、お香が好きなんだ。
ちょっと棚の上を片付けて焚いてみようか」
そんな話をしていたら、窓辺に寝そべっていた鎌谷君が鼻に皺を寄せてこう言った。
「なに、焚くの?
じゃあ俺暫く散歩行ってくるわ。
お香とかの匂いは俺にはきつすぎるんでね」
「うん、行ってらっしゃい」
紫の風呂敷に煙草とライターを詰め込んだ鎌谷君が玄関から出て行く。
それを確認して、俺は棚を片付けている悠希さんにさりげなく訊く。
「そう言えば、悠希さんって幽霊とかそう言うの信じるタイプ?」
「う~ん、なんかこう言うの恥ずかしいんだけど、割と本気で居ると思ってるんだよね。
昔から匠が何も無い所に話しかけたりしている所を見てたりしてて、そこにお化けとかが居るのかなって思ってたんだ」
「そうなんだ」
そう話をしている内に棚の上が片付いたらしく、悠希さんがワクワクした顔で香炉を覗き込んでいる。
「可愛い香炉だね。これにお香入れるのかぁ」
いかにも楽しみと言った悠希さん。その気持ちに水を差すようで悪いのだけれど、お香に火を付ける前に確認しないといけない事がある。
「悠希さん、お化けって言うか、霊って怖い?」
「え? そうだなぁ、なんか怖い感じの見た目のは怖いけど、普通の人と代わらない見た目の霊だったら、怖くない……かも。
何でいきなりそんな事訊くの?」
悠希さんの問いに俺は答える。
悠希さんには前世で繋がりの有った霊が憑いていて、その霊が悠希さんと話をしたいと言っているという事、それと、このお香は霊を可視化する効果があると言う事を話した。
これを聞いて悠希さんは少し不安そうな顔をしたけれど、お香を焚いて欲しいと言う。
俺はライターを借りてお香に火を付け、香炉に入れる。
香炉の中からゆらゆらと立ち上る煙。
その煙が部屋に満ちると、人影が現れた。
「えっ……この人が僕に憑いてるって言う人?」
現れたのはソンメルソさん。
悠希の隣に座り、ぽつりぽつりと話をし始めた。
前に俺が聞いた話も混ざっている。
そんな中で、ソンメルソさんが悠希に訊ねた。
「悠希、お前は俺の事が怖くないか?」
その問いに、悠希さんは微笑んで答える。
「怖くないですよ。
でも、前世で僕とどんな関係だったのか知りたいです」
悠希さんの言葉に、ソンメルソさんの瞳がゆらりと揺れる。
「俺と悠希の前世は、友人だったんだ。
けれども、俺はお前の前世を殺してしまった」
それを聞いて悠希さんは、驚く様子も無く、殺す程憎い相手の生まれ変わりに憑いているなんて、何でですか? と訊き返している。
それに対してソンメルソさんはこう答えた。
その友人が愛おしくて、他の人に取られるのが嫌だった。取られるくらいなら殺して自分の物にしようと思ったと、そう語る。
「政略結婚かなにかで、離ればなれにされそうだったんですか?」
悠希の少し悲しげな瞳を見つめたまま、ソンメルソさんは一旦口を結んでから、重々しくこう答えた。
「そうじゃない。
俺が殺してでも自分の物にしたかった友人は、男だったんだ」
その言葉で、部屋に沈黙が降りた。
俺は勿論、悠希さんも身に覚えがあるし、ソンメルソさんはこれを口にした事で悠希に嫌われるのでは無いかと思っているのだろう。
暫く誰も何も言えないままでいる中、まず口を開いたのは悠希さんだった。
「辛かったでしょう。
ソンメルソさんはクリスチャンだから、同性愛は神様に認められていないし、ずっと一人で悩んでたんですね」
悠希さんの言葉に、ソンメルソさんは瞳を潤ませる。そんな彼の手を取って、悠希さんは優しく撫でる。
瞳に溜まった涙をぼろぼろと零しながら、ソンメルソさんは悠希さんの手を握る。
そんな二人を見ていて、俺はあの堕天使の言葉を思い出していた。
神の禁忌についてだ。
ソンメルソさんが冒した神の禁忌は二つ。
一つは殺人。
そしてもう一つは同性愛。
なるほど、俺も殺人こそしては居ない物の、高校の時からずっとカナメに心を惹かれていた。
ソンメルソさんの信じる神が禁じた同性愛を、俺は冒してしまっていたのだ。
本当はここでソンメルソさんに出版社潰しをするのをやめて欲しいという事を言わなくてはいけないのだろうが、そう言う雰囲気では無く口を出せない。
ふと、悠希さんがこう言った。
「ねぇ、ソンメルソさん。
僕、来世でまたソンメルソさんの友達になりたいな。
だから、ソンメルソさんも生まれ変われるように天に帰ってよ」
その言葉にソンメルソさんは泣きながら答える。
「お、俺は、魔女裁判で処刑されたから、天には帰れない。
神にも見放されて、だから、どうしたら良いかわからなくて……」
その姿を見て、西洋の神様も心が狭いなとついつい思ってしまった訳だが、くゆる煙を乱してもう一つ、見覚えの有る人影が現れた。
「もしもし? 私の出番です?」
「うわー! どちら様ですか?」
突然掛けられた声に悠希さんが驚いているので、俺が簡単に説明する。
「この方は仏様だよ。
もしかしたらソンメルソさんを助けようと思っていらしてくれたのかもしれない」
「ほ、仏様……ですか?」
悠希さんが戸惑っていると、仏様は前に会った時と変わらないテンションで話をする。
「うん、そう。仏ですよ。
なんかねぇ、ソンメルソ君みてたら段々可哀想になって来ちゃって。
仏的にも無用な殺生は禁忌なんだけど、ソンメルソ君の場合は事情が事情でしょ?
あっちの神さんも、もっちょい心が広ければこんな悲劇は起きなかったのかなって思って。
まぁ、向こうは向こうで結構厳しい戒律作らないとやってけなかったってのが有るから、それも仕方ないんだけどね」
気軽に話し続ける仏様に、ソンメルソさんが縋るような視線を向ける。
「俺の事を、救ってくれるんですか?」
その言葉に、仏様は顎に手を当てて首を傾げる。
「うん、私はそのつもり。
でもねぇ、ソンメルソ君、神から見放されてる割には天使達の監視がすっごいのよ。
その監視を振りほどかないと、ちょっとどうしようも無いのよね」
それから、俺の方を向いてこう言った。
「勤君。最近天使さん達のお勉強もしてたよね?
ちょっと例の子と協力して何とかしてくれない?」
「え? 例の子と言いますと?」
「あの堕天使ちゃん」
「えー……」
まぁ、あの堕天使、根は良い奴っぽいから協力しても良いけど……
こうして、仏様が例の堕天使を呼び出して、ソンメルソさんに掛けられている呪縛を、共に解く作業を始めた。
二人でゆっくり話をしようと言う事だったのだが、悠希さんの部屋に案内されて俺は驚いた。
悠希さんの部屋は、カナメと同じアパートの同じ階に有るのだ。
悠希さんは、そう言えば言ってなかったね。と笑っているが、あらかじめ言われていたら俺は悠希さんの部屋に入り浸ってちょくちょくカナメの所に行っていたかもしれない。
だから知らなくて良かった。
悠希さんの部屋に入り、暫く雑談をする。
悠希さんはハーブティーが好きらしく、偶にアロマオイルを室内香として焚く事もあるらしい。
この話の流れを逃す訳には行かない。
俺は咄嗟に鞄の中から香炉と蓮の花のお香を取り出してこう言った。
「そう言えば、こう言うお香なんてどうなんだ?
カナメが結構好きらしくて分けて貰ったんだけど」
「へぇ、カナメさん、お香が好きなんだ。
ちょっと棚の上を片付けて焚いてみようか」
そんな話をしていたら、窓辺に寝そべっていた鎌谷君が鼻に皺を寄せてこう言った。
「なに、焚くの?
じゃあ俺暫く散歩行ってくるわ。
お香とかの匂いは俺にはきつすぎるんでね」
「うん、行ってらっしゃい」
紫の風呂敷に煙草とライターを詰め込んだ鎌谷君が玄関から出て行く。
それを確認して、俺は棚を片付けている悠希さんにさりげなく訊く。
「そう言えば、悠希さんって幽霊とかそう言うの信じるタイプ?」
「う~ん、なんかこう言うの恥ずかしいんだけど、割と本気で居ると思ってるんだよね。
昔から匠が何も無い所に話しかけたりしている所を見てたりしてて、そこにお化けとかが居るのかなって思ってたんだ」
「そうなんだ」
そう話をしている内に棚の上が片付いたらしく、悠希さんがワクワクした顔で香炉を覗き込んでいる。
「可愛い香炉だね。これにお香入れるのかぁ」
いかにも楽しみと言った悠希さん。その気持ちに水を差すようで悪いのだけれど、お香に火を付ける前に確認しないといけない事がある。
「悠希さん、お化けって言うか、霊って怖い?」
「え? そうだなぁ、なんか怖い感じの見た目のは怖いけど、普通の人と代わらない見た目の霊だったら、怖くない……かも。
何でいきなりそんな事訊くの?」
悠希さんの問いに俺は答える。
悠希さんには前世で繋がりの有った霊が憑いていて、その霊が悠希さんと話をしたいと言っているという事、それと、このお香は霊を可視化する効果があると言う事を話した。
これを聞いて悠希さんは少し不安そうな顔をしたけれど、お香を焚いて欲しいと言う。
俺はライターを借りてお香に火を付け、香炉に入れる。
香炉の中からゆらゆらと立ち上る煙。
その煙が部屋に満ちると、人影が現れた。
「えっ……この人が僕に憑いてるって言う人?」
現れたのはソンメルソさん。
悠希の隣に座り、ぽつりぽつりと話をし始めた。
前に俺が聞いた話も混ざっている。
そんな中で、ソンメルソさんが悠希に訊ねた。
「悠希、お前は俺の事が怖くないか?」
その問いに、悠希さんは微笑んで答える。
「怖くないですよ。
でも、前世で僕とどんな関係だったのか知りたいです」
悠希さんの言葉に、ソンメルソさんの瞳がゆらりと揺れる。
「俺と悠希の前世は、友人だったんだ。
けれども、俺はお前の前世を殺してしまった」
それを聞いて悠希さんは、驚く様子も無く、殺す程憎い相手の生まれ変わりに憑いているなんて、何でですか? と訊き返している。
それに対してソンメルソさんはこう答えた。
その友人が愛おしくて、他の人に取られるのが嫌だった。取られるくらいなら殺して自分の物にしようと思ったと、そう語る。
「政略結婚かなにかで、離ればなれにされそうだったんですか?」
悠希の少し悲しげな瞳を見つめたまま、ソンメルソさんは一旦口を結んでから、重々しくこう答えた。
「そうじゃない。
俺が殺してでも自分の物にしたかった友人は、男だったんだ」
その言葉で、部屋に沈黙が降りた。
俺は勿論、悠希さんも身に覚えがあるし、ソンメルソさんはこれを口にした事で悠希に嫌われるのでは無いかと思っているのだろう。
暫く誰も何も言えないままでいる中、まず口を開いたのは悠希さんだった。
「辛かったでしょう。
ソンメルソさんはクリスチャンだから、同性愛は神様に認められていないし、ずっと一人で悩んでたんですね」
悠希さんの言葉に、ソンメルソさんは瞳を潤ませる。そんな彼の手を取って、悠希さんは優しく撫でる。
瞳に溜まった涙をぼろぼろと零しながら、ソンメルソさんは悠希さんの手を握る。
そんな二人を見ていて、俺はあの堕天使の言葉を思い出していた。
神の禁忌についてだ。
ソンメルソさんが冒した神の禁忌は二つ。
一つは殺人。
そしてもう一つは同性愛。
なるほど、俺も殺人こそしては居ない物の、高校の時からずっとカナメに心を惹かれていた。
ソンメルソさんの信じる神が禁じた同性愛を、俺は冒してしまっていたのだ。
本当はここでソンメルソさんに出版社潰しをするのをやめて欲しいという事を言わなくてはいけないのだろうが、そう言う雰囲気では無く口を出せない。
ふと、悠希さんがこう言った。
「ねぇ、ソンメルソさん。
僕、来世でまたソンメルソさんの友達になりたいな。
だから、ソンメルソさんも生まれ変われるように天に帰ってよ」
その言葉にソンメルソさんは泣きながら答える。
「お、俺は、魔女裁判で処刑されたから、天には帰れない。
神にも見放されて、だから、どうしたら良いかわからなくて……」
その姿を見て、西洋の神様も心が狭いなとついつい思ってしまった訳だが、くゆる煙を乱してもう一つ、見覚えの有る人影が現れた。
「もしもし? 私の出番です?」
「うわー! どちら様ですか?」
突然掛けられた声に悠希さんが驚いているので、俺が簡単に説明する。
「この方は仏様だよ。
もしかしたらソンメルソさんを助けようと思っていらしてくれたのかもしれない」
「ほ、仏様……ですか?」
悠希さんが戸惑っていると、仏様は前に会った時と変わらないテンションで話をする。
「うん、そう。仏ですよ。
なんかねぇ、ソンメルソ君みてたら段々可哀想になって来ちゃって。
仏的にも無用な殺生は禁忌なんだけど、ソンメルソ君の場合は事情が事情でしょ?
あっちの神さんも、もっちょい心が広ければこんな悲劇は起きなかったのかなって思って。
まぁ、向こうは向こうで結構厳しい戒律作らないとやってけなかったってのが有るから、それも仕方ないんだけどね」
気軽に話し続ける仏様に、ソンメルソさんが縋るような視線を向ける。
「俺の事を、救ってくれるんですか?」
その言葉に、仏様は顎に手を当てて首を傾げる。
「うん、私はそのつもり。
でもねぇ、ソンメルソ君、神から見放されてる割には天使達の監視がすっごいのよ。
その監視を振りほどかないと、ちょっとどうしようも無いのよね」
それから、俺の方を向いてこう言った。
「勤君。最近天使さん達のお勉強もしてたよね?
ちょっと例の子と協力して何とかしてくれない?」
「え? 例の子と言いますと?」
「あの堕天使ちゃん」
「えー……」
まぁ、あの堕天使、根は良い奴っぽいから協力しても良いけど……
こうして、仏様が例の堕天使を呼び出して、ソンメルソさんに掛けられている呪縛を、共に解く作業を始めた。