君はきっとまだ知らない

 校舎を出て、校門に向かって歩く。涙の余韻が引かなくて声が震え、うまく話もできないまま。
 千秋は気にするふうもなく、のんびりと空を見上げたり、花壇に植えられた花を見つめたり、グラウンドや体育館で部活動に勤しむ生徒たちを眺めたりしていた。
 昔からそうだった。優等生の仮面を取ると本当は人と話すのが苦手な私は、千秋といるときがいちばん、なにも気負わずに自分のままでいられた。人に合わせることをしない彼は、その場しのぎの世間話や下らない噂話になんて全く興味がなくて、沈黙を少しも厭わないから。
「どこに行こうかな」
 校門が見えてきたとき、千秋がふいに言った。私は、
「どこでもいいよ」
 千秋と一緒なら、と続けかけて、慌てて口を閉じた。
「そっか。じゃあ、……」
 校門の前にたどり着いた。彼は一度足を止め、校門を通り抜けてから振り向いた。
 私も彼を追いかけて一歩外に踏み出した瞬間、雲が切れたのか光が一気に射してきたように感じて、眩しさに思わず瞼を閉じた。
 薄く目を開けると、校門の向こうで、千秋がどこか寂しそうに笑っていた。



※試し読み版はここまでとなります。
続きは2019年12月25日発売の単行本『君はきっとまだ知らない』にてお読みいただけたら幸いです。