君はきっとまだ知らない

 なぜか突然、涙が溢れてきた。ぽろりとこぼれて頬を伝う。
 なんで泣きたくなるんだろう。あいつらにどんな酷いことをされたって、どんなに悔しくたって、私は泣いたりなんかしなかったのに。千秋がくれた金木犀の写真を見ただけで、堪えきれないほどに涙が出てくるなんて。
 手の甲でごしごしと拭って、隣の千秋を見上げる。窓から射し込む光に照らし出された千秋は、あのころよりもっと、今の私には眩しすぎた。
「……ありがとう」
 絞り出した声でぽつりと告げると、千秋は「どういたしまして」と笑って、またこちらへ手を伸ばしてきた。
 あ、と思って身構える間もなく、その手がぽんぽんと頭を撫でる。
「……それ、恥ずかしい……」
 少し俯き、上目遣いで軽く睨むそぶりをする。
 千秋は変わっているから、高校生になった今でも、女の子に触れるのをなんとも思わないのかもしれない。でも、私は恥ずかしいし、どんな反応をすればいいのか分からなくて困る。
 そんな思いを込めて見つめると、彼は目を丸くした。
 それから、「ごめん」と肩を揺らして笑う。
「でも、触れるのが嬉しいから……もっとやらせて」
 え、と驚きの声を上げた私の髪を、千秋はもう一度くしゃりとかき混ぜ、そのままひと束すくい取り、捧げもつように軽く包んでから、ぱっと手を離した。
「ありがとう」
 彼はそう言ったけれど、その顔が一瞬、どこか切なげに歪んだように見えたのは、私の気のせいだろう。