君はきっとまだ知らない

 手渡されたアルバムを開く。
 その瞬間、鮮やかな色彩が一気に飛び出してきたような錯覚をおぼえた。
 深い深い森の濃い緑。
 果てしなく広がる真っ黄色のひまわり畑。
 真っ赤に染まった紅葉に彩られた静かな水面。
 淡いピンク色の桜並木と、霞ががった水色の空。
 雨の中を集団で歩く小学生たちの、色とりどりの傘と雨靴。そのかたわらに咲く紫陽花。
 赤い提灯がずらりと並ぶ祭りの光景。
 陽射しを受けて金色に輝く稲穂の波。
 透き通る紺碧の海、鈍い灰色の海。
 水溜まりに映る青い空、白い雲、七色の虹。
 立ち並ぶ高層ビルと、ガラスの外壁に映る曇りない空。
 赤レンガ倉庫の前を歩く人々のスニーカーやパンプスや革靴。
 全てを覆い尽くしてどこまでも続く純白の雪原。
 圧倒されて、すぐには声が出せなかった。
「……これ、全部千秋が撮ったの?」
 しばらく写真を凝視したあと、なんとか声を絞り出して訊ねた。
「うん。休みの日に色んなとこ出かけて」
「すごい、すごいね!」
 図書室にいることを忘れて、声を上げてしまった。
「あ、すみません……」
 白い目で見られているのではと慌てて見回したけれど、利用者たちは少し離れたところにいるので気にならなかったのか、誰にも見られていなかった。
 ほっと安堵しつつ、また写真に見入る。
「すごく綺麗……」
 思わず呟くと、千秋が笑い声を洩らした。
「ありがとう」
 素直な声と、澄んだ瞳だった。
 千秋の瞳が綺麗だから、千秋の目に映る世界は綺麗なんだ、と思った。
 だから彼の写真はこんなにも、世界が美しく切り取られている。きっと私がカメラを構えたら、どんよりと灰色に沈んだ暗い世界しか映らないだろう。
「いつか光夏に見せたいって思ってたんだ」
「え……」
「やっと、見てもらえた……」
 千秋の声はなぜか、少し震えているように聞こえた。でも、たぶん私の聞き間違いだろう。
 また手元のアルバムに目を落としてしばらく眺めたあと、はっと我に帰った。
 ずいぶんぼーっとしてしまった。まるで魂が抜けたみたいに。文化祭のことがあるのに、明日には発表内容を決めなきゃいけないのに、こんなふうに腑抜けている暇はない。さっきはみんなにみっともないところを見られてしまったから、挽回しなきゃ。そんな思いが急激に込み上げてくる。