君はきっとまだ知らない

 涙声になってしまった気まずさから、私は窓の外に視線を戻す。わけもなく風船を目で追っていると、千秋も私につられたように外を見て、
「あ」
 と声を上げた。それから、彼にしては珍しく素早い動きでリュックのジッパーを開け、黒いケースのようなものを取り出した。
 なにをしてるんだろう、と見ていると、ケースの中からカメラが出てきた。
 学校には不似合いなそれを驚いて見つめる。彼は手慣れたしぐさでなにか操作を始める。
「……なに、それ」
 思わず訊ねると、
「デジタル一眼レフ」
 と短い答えが返ってきた。
「へえ……」
 千秋は口許に笑みを浮かべながら、蓋を外したレンズを外に向けた。
 カシャッ、と小気味のいいシャッター音がする。どうやら空の――風船を撮ったらしかった。
「千秋、写真やるの?」
「うん。中学のときから」
「そうなんだ……知らなかった」
 千秋はふふっと笑い、「見る?」と言った。うん、と頷くと、カメラの画面をこちらに向けてくれた。
 小さなモニターに映る、緑と青と黄色。下のほうには公園の並木が少し映り込み、全体に真っ青な空の色が広がっていて、右上のほうにぽつんと風船が飛んでいた。カメラのことはよく分からないけれど、いい写真だと思った。
「他の写真も、見せてくれる?」
「いいよ。そんなに上手じゃないけど」
 てっきりカメラの中に保存されているものを画面に出してくれるのかと思っていたら、彼はリュックからノートのようなものを取り出した。
「この前現像したやつ、ちょうど持ってるんだ。印刷されてるほうが見やすいから」
「ありがとう」