君はきっとまだ知らない

 ぼんやりと風船の行方を眺めていたとき、背後で足音がした。
「光夏」
 千秋だった。
 はあ、はあ、と肩で浅く息をしていて、少し汗もかいている。
「大丈夫?」
 具合が悪いのかと慌てて立ち上がり、そう訊ねてから、もしかして、と思い当たった。
「大丈夫だよ。ちょっと、あちこち走ったから……」
 千秋はひとつ深呼吸をして息を整えてから、額の汗を手の甲で拭う。
「……もしかして、私のこと探して……?」
 彼はふふ、と笑って小さく頷いた。
「光夏がどこにいそうか、考えたけどよく分からなくて……」
 その目が悲しげな色を帯びる。
「光夏のこと、よく知ってるつもりだったけど、こういうときどこに行くのかさえ、分からなかった……。色々行ってみて、やっと見つけた。遅くなって、ごめん」
 私は言葉もなく首を振る。
「……光夏こそ、大丈夫?」
 気遣わしげに問われて、ふ、と唇が歪んだ。
「……私は大丈夫だよ。傷つけた側だもん。春乃のほうを心配してあげて」
「春乃は大丈夫だよ。冬哉が見ててくれてる」
「……そう」
 頷いてから、私は両手で顔を覆った。
「ひどいことしちゃった……。心配してくれたのに、あんなきつい言い方して、傷つけた、悲しませた。私、最低だ……」
 うう、と喉の奥から呻き声が洩れた。かたん、と音がして、千秋が私の向かいに腰かけたのが分かる。
「謝らなきゃ……許してくれないかもしれないけど……」
「大丈夫だよ」
 静かな声で千秋が言った。慰めるためとか、安心させるためとかではなく、ただ本当にそう思うからそう言った、という声色だった。
「大丈夫。春乃は光夏に怒ってなんかいないし、光夏が謝ったら、きっと、私もごめんって言うと思う……」
 じわりと目の奥が熱くなり、視界が滲んだ。
「うん……ありがと。そうだといいな」