「秋は、公園の銀杏だな」
 背後にそびえる銀杏の大木を眺めながら、千秋が言った。
「あの公園の銀杏並木が、俺はすごく好きなんだ」
 私たちが遊んでいた公園は、周囲をぐるりと銀杏の木に囲まれていて、遊具のある広場から出入り口に続く道は両側に銀杏が植えられており、並木道になっていた。
「秋になると、銀杏の葉っぱが真っ黄色に染まって……風に吹かれて落ちると、金色の雪が降ってるみたいに見えて……落ちた葉っぱが地面を埋め尽くすと、まるで金色のじゅうたんを敷き詰めたみたいだった」
 千秋の言葉に思わず閉じた瞼の裏で、目映いほどの金色の雪原が広がった。その真ん中に立ちすくみ、降り注ぐ金色の雪を全身に浴びながら、嬉しそうに頬笑む幼い千秋。
 ずっと忘れていた。私が生まれて初めて世界の美しさを知った、あの光景。
「あと、金木犀の香りも好きだ」
 千秋はさらに続けた。金木犀、という言葉に、胸が小さく弾む。私と千秋にとって、金木犀は、ふたりだけの秘密の合言葉のようなものだった。
「へえ、そうなの? 花のにおいが好きなんて、お前けっこう可愛いとこあるんだな」
 冬哉がからかうように言うと、彼は小さく笑って、
「光夏が好きな香りだから」
 と答えた。
 開いた口が塞がらない、とはこのことだ。私はあんぐりと口を開いたまま、茫然自失状態で千秋を見つめることしかできなかった。
「……えっ? あ? ちょ、ちょっと待て、どゆこと?」
 冬哉が混乱と興奮を隠しきれない様子で千秋の両肩をつかんで問いただす。彼は平然と、
「光夏が金木犀の香りが好きって言ってたから、俺も好きになった」
 と答えた。
 この馬鹿ー! と叫びたい気持ちを、必死に抑える。千秋に悪気はない。ただただ鈍感なだけなのだ。そんなことを言ったら二人がどう思うか、どんな反応をされるかを考えつかないだけ。
「えっえっえっ、なになに、そういうことー!?」
 春乃がきゃーっと黄色い悲鳴を上げた。
「やっぱり、そうだったのー!?」
 くるりと振り向いて私に訊ねてくる。
「いやいや、そうってなに!? どういう意味で言ってる!? それたぶん勘違いだから!!」
 慌てて首をぶんぶん振って、なんとか否定しようと頑張る私の横で、千秋はやっぱりマイペースな調子で続けた。
「それで、金木犀のこうす……」
「千秋ー!!」
 私は思わず叫んだ。
「ん?」
 彼は、なに? 呼んだ? とでも言いたげな顔で私を見る。
「その話は、しなくていいから……! ね!?」
「? うん、光夏がそう言うなら、しない」
 私の焦りは全く理解していないようだけれど、素直に頷いてくれた。
 私はふーっと息を吐いて、頬に手を当てた。
「よし、最後いこう。冬、冬について!」
 冬哉はにやにやしながら私と千秋を見て、それから「冬な、冬」と口を開く。
「冬といえば、雪とー……」
 そこではたと動きを止める。
「……ちょっと待って! 冬って意外となんもなくない!? 雪しか思いつかないんだけど! なんか寂しい!!」
「寂しいって、あはは」
「寂しいよ、俺の季節だし!」
「あるじゃん、冬。こたつでお鍋食べてデザートにみかん食べながら紅白歌合戦」
「えー、なんか地味じゃね……?」
「みんなで雪合戦とか、雪だるま作ったのも楽しかったよね!」
「結局雪じゃん!」
 うなだれる冬哉にみんな大笑いした。その声が合わさり、校舎の壁に反射して大きく響き渡る。