職員室を出たあと、F組の教室で必要事項を書き込み、今日はそれで解散ということになった。
「光夏、楽しみだね」
 鞄にペンケースをしまっていると、千秋がふいに声をかけてきた。彼にしては珍しく、わくわくしたような、本当に嬉しそうな顔をしている。
「でも、まだなんにも決まってないけどね……」
 登録用紙の『発表内容』の欄は、空白のままだ。今週中に大枠でも決めておかないといけないと思うと、不安と焦りで気が重い。
「なんとかなるよ。光夏と、俺たちなら」
 やけに確信深げに千秋が言った。
「……そう、かな」
 私なんかがいたってどうにもならないと思うけど。そんな卑屈な言葉は、胸に秘めておく。変に勘繰られたくない。
「とりあえず、明日明後日でどんな発表にするか話し合って、木曜には提出できるようにしよう」
 私がそう言うと、三人は「え」と声を合わせた。
「金曜日までに出せばいいんじゃないの?」
 冬哉の言葉に、私は首を振る。
「だめだめ。そんなぎりぎりのスケジュールじゃ、もしなにかあったときに遅れちゃうかもしれないでしょ。余裕を持って進めなきゃ。ただでさえ締め切り過ぎてるんだから、先生に迷惑かけられないよ」
「そっか、なるほどなあ」
「光夏ちゃんすごい! 大人だー」
「さすが光夏だね」
「……なに、三人して。おだててもなにも出ませんけど?」
「おだててないよー、本心だもん。ねっ」
 春乃が千秋と冬哉に同意を求めると、二人はこくこくと頷いた。
 居心地が悪い。こんなふうに手放しに感心されるなんて久しぶりすぎて、どんな顔をすればいいか分からない。昔の私なら、したり顔で「ありがとう」とでも言っていたんだろうか。思い出せない。
「……じゃあ、今日は解散ね。私、教室に忘れもの取りにいくから、ここで」
 また明日、と手を振って踵を返すと、三人は大袈裟なほどに大きく手を振りながら、
「ばいばーい!」
「気をつけてなー!」
「また明日!」
 と口々に声を張り上げた。周りの生徒たちもちらちらと彼らを見ている。
 恥ずかしいな。そう思いながらも、自然と口許が緩んだ。
 忘れものというのはこの場を離れるために適当に思いついた口実だったけれど、せっかくなので明日持って帰ろうと思っていた教材を取りに行こうと教室に向かった。