「光夏」
 私が校門をくぐった瞬間、昨日と同じく待ち構えるように立っていた千秋はぱっと顔を輝かせ、こちらへ駆け寄ってきた。
「おはよう、光夏」
「……おはよう」
 私は溜息をついて挨拶を返す。
「待ってるのやめてって言ったのに……」
「でも、待ちたいから。どうしても光夏をいちばんに出迎えたくて」
 千秋は当たり前のように答える。嘘やお世辞なんてひとかけらも含んでいなさそうな、無垢な微笑みと共に。
 勝手に音を立てる心臓を、ブラウスの上からぎゅっと抑える。
 どうしていきなりそんなことを言うのだろう。何年も言葉さえ交わしていないのに。急にどうして。わけが分からない。
「なんで……」
 私なんかを待ってどうなるの、と続けようとしたとき、
「おっはよー、光夏ちゃん」
 後ろから春乃の明るい声が聞こえてきた。私は前を向いたまま、ふうっと深く息を吐き、背中で「おはよ」と呟く。
「よー、光夏!」
 彼女と一緒に登校してきたらしい冬哉も、朝いちばんとは思えないからりとした声を投げかけてくる。
「おはよう……」
 私の声は反対に小さくかすれていた。
「今日もいい天気だね」
 目も見ずに答えたのに、春乃は少しも気にするふうもなく、いつものようにのんびりと空を見上げた。
「暑くなりそうだねえ。もう秋のはずなのにね」
 ああ、とも、んん、ともつかない声で、そっけなく相づちを打つ。