連絡事項の伝達が始まってみんなが前に向き直ったので、少し肩の力が抜ける。久しぶりに注目を浴びたせいで、身体が強張っていた。
 ふっと細く息を吐いたとき、ふと視線を感じた。目を向けると、ふたつ隣の席に座っている吉田さんだった。ひどく申し訳なさそう、と表現するのがいちばんしっくりきそうな表情だ。
 別に悪いのは吉田さんじゃないよ、という思いをこめて、私は小さく頷いて見せる。それでも彼女は重苦しい顔のままだった。
 無理もないかな、と思う私がこうなったのは、吉田さんのせいというわけではないけれど、確かに彼女がきっかけだったと言えるから。
 私がクラスの“幽霊”になった原因は、彼女があいつらから受けた仕打ちについて、苦言を呈したからだった。つまり、私の下らない正義感のせいだ。
 六月のある日の昼休みのことだった。弁当を食べ終えた島野のグループが、いつものように教室の真ん中でふざけ合いながら騒いでいた。すると大山が体勢を崩して吉田さんにぶつかり、その拍子に彼女は食べかけの弁当箱を床に落としてしまった。
 私を含めて周りにいたみんなが思わず声を上げたけれど、島野たちは、慌てて床にこぼれた食べ物を拾い集める吉田さんを見て、にやにやと笑い出した。謝罪もせずに。
 かちんときた私は、それまで『触らぬ神に祟りなし』と考えて接触を避けていた彼らに向かって、思わず声を荒らげた。
「ちょっと! ぶつかったんだから謝りなよ」
 その瞬間、吉田さんが弾かれたように顔を上げ、目を丸くして私を見た。
「いっ、いいよ、満永さん。全然大丈夫だし」
 彼女は焦ったように手を振った。私は隣に腰を下ろして玉子焼きを拾いながら首を振った。
「大丈夫なわけないじゃん。それに、お弁当までこんなんなっちゃって……」
「ん、でも、ほんとに大丈夫だから」
 米粒とハンバーグのソースで汚れた手を、彼女はそれでも微笑みながらぶんぶんと振っていた。
 私の突然の非難に驚いたのか、意表を突かれたような顔でしばらく口を閉ざしていた島野が、ふっと笑みを洩らした。
「いやいや、そいつ縦も横もでかいんだから、ちょっとくらいぶつかったって大丈夫だろ」
 てっきり謝ると思っていたのに、そんな言葉が出たことが信じられなくて、私は唖然と彼らを見上げた。
「だよなあ。ぜってー吉田より大山のほうが軽いし、平気だろ」
 島野に賛同する仲間の言葉に、大山が両手を叩いて大笑いした。
「てゆーか吉田さ、それ以上デブったらやべーじゃん。もう食わないほうがいんじゃね?」
「あはは! それな!」
「だから俺はダイエットに協力してやったんだっつーの! むしろ感謝してほしいくらいだよな」
 かっと頭に血が昇り、全身が熱くなった。こんなに腹が立ったのは久しぶりだ、と思った。