教室に入って自分の席に座り、昨日と同じように、これまでと同じように、俯いたままただひたすら時が過ぎるのを待つ。相変わらず、誰も私を見ないし、まして声をかけてくることもない。
 朝礼開始のチャイムと同時に、あいつらが馬鹿笑いと共に飛び込んできた。
「イェーイ、ギリセーフ!」
「ラッキー! オレもう既に今月三回遅刻してるからさあ、特別指導になるとこだった」
「いやいや、まだ今月あと二週間あるから、ぜってー無理だろ!」
「それな!」
 ぎゃはは、と下品な笑い声。耳を塞ぎたくなるけれど、そんなことをしたらどうなるか目に見えているから、必死に堪える。
 すぐに担任が入ってきて、クラスを見渡しながら「出欠とるぞ」と言った。
「えーと、欠席者は……いないな」
 そのとき突然、「はいはーい!」と誰かが叫んだ。あいつらの中のひとり――リーダーの島野の声だ。
 思わず見ると、島野はにやにやと下卑た笑いを浮かべながら、先生に向かって挙手して、やけに嬉しそうに言った。
「満永さんがいませーん」
 瞬間、心臓が氷水の中に投げ込まれたように、大きく跳ねて震えた。
 まさか自分の名前が出されるなんて思ってもいなかった。クラスの人間が私の名前を口にするなんて、いつぶりだろうか。これまでずっと、わざとらしく『いないもの』扱いしていたくせに、なんで急に。いや、『いません』と言われたんだから、『いないもの』扱いなのは変わらないんだけど。今までは名前さえ呼ばれず、もとから存在しない幽霊のように扱われていたのに。
 他の生徒たちはざわめきながら、ちらちらとこちらへ視線を送ってくる。面白がるような目、笑いをこらえるような目、どこか気まずそうな目、同情を装いつつも好奇心を隠しきれない目、特になんの感情もなく置物でも眺めるかのような無関心な目。
 真っ暗な舞台袖で息を殺していたのに、唐突に胸ぐらを掴まれて力ずくで引きずり出され、無理やりスポットライトの真ん中に立たされた。そんな気分だった。
「いませーん!」
 島野の腰巾着でお調子者の大山が、同じようにぎゃははと笑いながら手を挙げて叫ぶ。
「お前らなあ……悪ふざけも大概にしろよ。ったく……」
 呆れたように肩をすくめてぼやいた先生は、一瞬私のほうを見たものの、深々と溜息をついただけだった。次の瞬間には何事もなかったかのような顔で出席簿を記入している。
 胸の奥のほうでちりちりとなにかが焦げるような感じがした。俯いてぐっと唇を噛む。
 別に先生に助けてもらおうとか、救いを求めようとか、そんなことは微塵も思っていなかった。弱味を見せるなんてまっぴらだから、事情を話すつもりもなかった。でも、あんなにあからさまな嫌がらせを目の当たりにしても、こんなふうに適当に受け流されるなんて。別に期待なんてしていなかったけれど、さすがに平常心ではいられない。悲しいとかつらいとかではなく、ただただ虚しくて腹が立った。