翌日、いつものように俯いたまま、私は教室へ向かって廊下を歩いていた。
 視界の右側を、窓から射し込む光が白く照らしている。ちらりと外を見ると、夏真っ盛りのころに比べて、太陽は少し小さく遠くに感じられた。
 もう夏も終わりか、とぼんやり思ったそのときだった。
「ひーなちゃん」
 鈴を鳴らすような可憐な声が、私を呼んだ。
 驚いて足を止め、顔をあげる。そこには、小さく首を傾げてこちらを見ている、小柄で華奢な女の子――春乃がいた。
 視線が絡み合った瞬間、彼女はわずかに目を見開いたように見えた。それから、ほうっと息を吐きながら目を細め、ふんわりと笑った。
「おはよ、光夏ちゃん」
 昔と変わらない調子でのんびりと朝の挨拶をしてくる彼女の隣には、ズボンのポケットに手を突っ込み、高い背をさらに伸ばすようにして冬哉が立っている。
「よお、光夏」
 彼は軽く右手をあげて私に笑いかけた。
「あ……うん、おはよう」
 あまりにも突然の事態に、私はさすがに動揺を隠しきれず、ぎこちなく挨拶を返すことしかできない。
 昨日、千秋にばったり会って、名前を呼ばれただけでもびっくりだったのに、まさか昨日の今日で春乃と冬哉にまで遭遇することになるなんて。しかもふたりとも、これまでの数年間の空白なんて存在しなかったかのように、平然と声をかけてくるなんて。どういう風の吹き回しだろう。
 まさか、昨日の三人の姿を眺めていた私に気がついて、羨ましがっているのかと可哀想になって、わざわざ本館まで顔を見せに来た、とか?
 さすがに卑屈な裏読みをしすぎだろうかと思いつつ、戸惑いのまま泳がせた視線の先で、ふたりの後ろ、少し離れたところに静かに立つ千秋を見つけた。
「……おはよう、光夏」
 千秋は感情の読めない不思議な温度の瞳で、声をかけてきた。
「……おは、よう」
 かすれた声でなんとか返す。