靴箱の前まで来て小さく振り向いてみると、追いかけてきたりする様子はなかったので、ほっと息をつく。
 蓋を開けてローファーを取り出し、上履きを脱ぎながら、まさか千秋に会うなんて、と溜息を吐き出した。
 高校に入ってから彼と会ったのは、全校集会などで人波の向こうに見つけたり、さっきのように遠くから姿を見かけたりするのを除けば、たしか五月ごろに渡り廊下で、体操服を着てグラウンドに向かうI組の集団と擦れ違ったときの一度だけだと思う。
 私はそのころはまだ『普通の高校生活』を送っていて、同じクラスの女子たちとたわいもないおしゃべりをしている最中だったし、千秋も千秋で隣の男子と話をしていたから、私たちはほんの一瞬、視線を合わせただけだった。
 『よかった。千秋、ちゃんと友達ができたんだ』と勝手に安心したのを覚えている。その一ヶ月後には自分が全ての友達を失うなんて夢にも思わず、ずいぶん上から目線なことを思ったものだ。
 これまでずっと会わなかったのに、どうして今になって会ってしまったんだろう。こんな状況になってしまってから、どうして。いちばん会いたくなかった人に、どうして。
 春乃や冬哉にも、もちろん今の自分は知られたくない。でも、千秋がいちばん嫌だった。
『光夏がいてくれてよかった……』
 あの金色の雪が降る中、そう言ってすがるように私の手を握った千秋にだけは、絶対に、知られたくない。
 深い深い溜息とともに、私は校舎の外へと一歩踏み出した。