彼が黙ったまま大きな瞳でじっと見つめてくるので、さらに焦りが込み上げて、喉の奥から次々に軽い言葉が飛び出してくる。
「専門科は教室も靴箱も別館のほうでしょ? ていうか、高校に入ってから会うの初めてじゃない? 千秋は確かI組だよね、私はA組なんだけど、いちばん離れてるもんね。同じ高校とはいえ、そりゃ会わないよね。……あっ、もしかして、職員室に用事とか? 別館クラスは大変だね、いちいち渡り廊下使って本館に来なきゃいけないんだもんね。A組なんて階段下りるだけで職員室だからなあ。めんどくさいでしょ、ほんとお疲れ様」
 気まずさからいつの間にか窓の外に目を向けて話していた私は、ちらりと視線を戻して千秋の様子を窺ってみたものの、彼は相変わらず表情が乏しくて、なにを考えているのかよく分からない。でも、どこか唖然としているようにも見えた。
 もしかして、私、しゃべりすぎた? 不自然だった? 急激に不安が込み上げてくる。
 だめだ。他人と話すのが久しぶりすぎて、どれくらいの長さで、どういう間をとって会話をすればおかしく思われないのか、全く分からない。
 そもそも私はもともとあまりしゃべるのが得意なほうではないのだ。数年ぶりに会って話すのに、いきなりこんなにべらべらしゃべるなんて、千秋からしたら不自然さしかないだろう。
 やばい。このままじゃ、余計なことを悟られてしまうかもしれない。焦りと不安と、そして恐怖が、ごちゃまぜになって膨れあがる。動悸が激しくなっているのを自覚した。
 彼は昔から無口で無表情だけれど、その家庭環境のせいか、人の感情を読み取ることにはひどく長けているのだ。
 だから、早く千秋の視界から消えなきゃ。なにか感づかれてしまう前に。
 私は意識して口許を緩め、なんとか笑顔らしきものを浮かべてから、彼に向き直った。
「……じゃ、私、用事があるからもう行くね、ばいばい」
 ひらひらと手を振ると、顔を俯けながら足早に彼の横を通りすぎる。彼はただ私を目で追うだけで、何も言わなかった。