「行くよー」
 三人に声をかけて、胸の奥まで息を吸い込む。
 ふうっと細く吐き出すと、咥えたストローの先にぷわんと空気の雫が生まれた。
 いびつに膨らんだ透明な球体の表面は、空から降り注ぐ光をめいっぱいに受けて、金色、紫、ピンク、青、水色、黄緑、紫と次々に色を変えて煌めく。そしてふるふると揺れ、ストローをすっと離れて宙に飛び出した。
「わあっ!」
「きゃー!!」
 ただのしゃぼん玉なのに、春乃と冬哉はまるで世界の危機が救われたかのような歓声を上げた。私は少し呆れつつも、口許が緩むのを堪えきれない。喜んでもらえてよかった、持ってきた甲斐があった、と思う。
 石鹸液にストローを浸し、もう一度吹く。次々と生まれては飛び立っていく無数の光の玉が、ひらひらと宙を舞いながら私たちを包んだ。
「わあ……すごい、すごい」
「たくさーん!!」
「イェーイ!!」
 みんなの笑い声が弾けて、しゃぼん玉と混ざり合い、澄みきった青空へと昇っていく。
「綺麗だね……」
 千秋がほうっと息をついて呟いた。私は笑って「うん、綺麗だね」と頷く。
「しゃぼん玉って、すごく不思議な色してるんだね」
 感心したように言うので、私は思わず「見たことないの?」と訊ねた。すると彼は小さく頷き、ぽつりと言った。
「俺、しゃぼん玉、やったことなくて。絵本で見たことはあったけど、今日初めて自分の目で見た」
 瞬間、私と春乃、冬哉は顔を見合わせる。誰も口には出さなかったけれど、それぞれが一瞬、この町に来るまでの彼の暮らしを思ったのが分かった。
「……そっかそっか。記念すべき初しゃぼん玉か!」
 冬哉が明るく笑って千秋の肩を叩く。
「んじゃ、思いっきり楽しまなきゃな! しゃぼん玉と言えば、追いかけっこだぞ!」
「え?」
 戸惑ったように首を傾げる千秋の手を、冬哉がぐいっと引っ張った。
「よっしゃ、行こう! 光夏、じゃんじゃん吹けよ、自己最高記録更新する勢いで!!」
「はいはい」
 私は肩をすくめて笑い、ストローの先に石鹸液をたっぷり染み込ませる。
「行くぞ千秋! どっちがたくさんつかまれられるか勝負な!」
「え、でも、割ったら可哀想だよ……」
 千秋の言葉に意表を突かれたように目を丸くした冬哉は、くしゃりと笑った。
「千秋は優しいなあ。じゃあ、追いついたら、ふーってしてもっと高く飛ばしてやろう」
「うん、分かった」
「よーし、スタート!!」
 私がストローを吹くと同時に、千秋と冬哉が走り出した。
 肌ではほとんど風は感じられないのに、でも確かに吹いているらしく、生まれたしゃぼん玉はどんどん四方八方へ広がっていく。
「しゃぼん玉飛んだ、屋根まで飛んだ――」
 春乃が明るい声で歌い出した。
「待て待てー!」
 冬哉たちはしゃぼん玉を追いかけて公園中を走り回り、ジャングルジムや滑り台にまで登っている。千秋は今まで見たことがないくらい楽しそうに笑っていて、なんだか私まですごくすごく嬉しくなった。