「今日は本当に美味しかったし楽しかった。あの、シェフに挨拶とかって、できますか?」
「もちろんでございます」

 デザートを食べ終えた卓也がスタッフに告げると、その場にいた何人かが動く気配を感じた。

「お待たせいたしました」

 スタッフがシェフを伴い卓也のすぐ横で言った。

「今日は本当にありがとう。最初は目隠しってなんだよと驚いてしまったけど、とても楽しかったです。料理も最高で、中でもあのフライが本当に美味しかったです。まるで私の好みがそのまま出てきたみたいで驚きました。まあその……よかったら最後くらい、明るい所で顔を見てお礼が言いたいんですけど」

 上機嫌でシェフに賛辞を贈る卓也の後ろにスタッフが立ち、目隠しが外された。ずっと視覚を放棄していたせいで、落ち着いたオレンジ色の照明ですら眩しく感じられ、卓也はしばし俯いて目を擦ってから顔をあげた。

「な、お前……!」
「たっくん、あのアジフライは先週も食べたやつだよ」

 卓也の横に立っていたのは麻友だった。卓也が絶賛したフライは下拵えしたものを持ち込み、着席したままと思わせながら麻友が揚げたものだったのだ。

「佐々木様、当店のスペシャリテクイズ、ご正解おめでとうございます! 見事奥様のお料理を一番の好みとお答え出来たご夫婦には賞金がございます」
「最近は靴のフライを出しても気付かないんじゃないかってくらいだったけど、私の味を一応は好きでいてくれたんだね」

 卓也は狐につままれたような顔をしていた。麻友は手渡された茶封筒をハラハラと卓也に振って見せた。卓也は麻友の目に浮かぶ涙とそのぶ厚い封筒を交互に見やると、少しきまりが悪そうに照れ笑いを浮かべた。